第22話

「おぉ、早乙女。待ってたぜ」

「あゆむくーん」


 ミミに連れられるまま進むと、歓楽街の近くで数人の生徒があゆむたちを待っていた。

 皆、クラスは違うが同じ学校の一年生で、男子生徒が二人と女子生徒が一人だった。


「お待たせぇ」

「みんな、待たせてごめんね。で、今日はどうしたの?」


 あゆむは周囲に怪しい人物がいないか気を配りながら言った。


「あぁ、今からさ、前からこいつに付きまとってる奴らと話し合いに行くんだよ。それで、お前に助っ人を頼みたくてな」


 手足にトカゲの鱗がある男子生徒が、困った顔で言った。

彼はC組の上島うえしまという生徒で、ミミといっしょにあゆむと知り合った生徒だった。


「そうなの~。ストーカーみたいなことされて、ずっと困ってて~」

「そうそう。ミミもずっと心配してるのぉ」


 ミミはそう言うと、嘆いたシーズー耳の女子生徒と抱き合い、頭を撫でた。

 彼女は古賀こがという、ミミが親友と紹介した女子だった。


「許せないね。いいよ、僕が盾になる」


 あゆむは女子生徒の不安と恐怖を想像し、まだ見ぬ相手に怒りを覚えた。

 眉間にしわを寄せ、拳を握りしめた。


「ありがとな。話は俺たちがするから、早乙女は隠れててくれ。最初からお前がいると、奴らもビビって逃げるかもしれないからな。ヤバくなったら呼ぶから、そのときは出てきてくれ」

 

 となりにいた柴犬顔の男子生徒が、段取りを説明した。

 彼はA組の飯田いいだという生徒で、上島とは中学からの付き合いらしい。


「うん、わかった」

「よし、行こう」


 五人は歓楽街を進んだ。


 あゆむの知らない世界が、妖艶なネオンや店先の小さな光の先にあった。

 今はまだ若いあゆむたちを拒みつつも、未来の来訪を待っているかのように、怪しい魅力で興味を誘っていた。


「こんなところで会うの?」

「あぁ、相手が指定してきたんだ。なに考えてるかわからんよ」


 あゆむは向かう先で、水谷たちのような集団や怖い大人がいたらどうしようと不安になった。

 だが、同時にゴリラの自分がいれば、最悪女子二人だけでも逃がすことができるんじゃないかとも思っていた。


「あゆむくぅん、ミミこわぁい」


 ミミがあゆむの腕に抱きついた。


「え、ちょっと」

 あゆむは突拍子もなく抱きつかれたことと、歩きづらさ。

 なにより、擦りつけられる柔らかな胸が、否応なく意識を攫っていった。


「おいおい、早乙女が困ってるだろう」


 上島が眉間にしわを寄せて言った。


「えー、いいじゃん。このほうがミミ安心するもぉん」


 これみよがしに抱きつくミミをどうしていいかわからず、あゆむはぎこちなく歩き続けた。


「よし、着いた……もう待ってるみたいだな。早乙女、ここに隠れててくれ」


 立ち止まった先には、薄暗い路地が続いており、奥は袋小路になっていた。

 古いビルに囲まれたその場所は、道行く人にわずかな興味も抱かせず、ただひっそりと存在していた。


 だが、今はその最奥に煙草をふかす三人の男がたむろし、こちらの来訪を待ち構えていた。


「……仲間を連れてきてるね」


 身を低くして居酒屋の看板に隠れたあゆむが、拳に力をこめて言った。


 見たところ、男たちは近くにある男子校の生徒たちで、校章が縫われた制服は大胆な着崩し方をされていた。


「あぁ、そうだな。お前に来てもらって正解だったよ。じゃあ、俺たちが先に行く。揉めそうになったら、合図を送るから、そのときは頼む」

「合図って?」

「ミミが叫ぶからぁ、飛んできてね。ヒーローさんっ」


 ミミはあゆむの頬に軽くキスをして、上島の生徒たちのうしろについた。


「ふえ! あ、うん。ま、任せて!」


 あゆむは驚きながらも、高鳴った心臓の音を聞きながら戦闘態勢を取った。


「じゃあ、いってくる」

「気をつけて」


 男子生徒が庇うように先行し、女子二人はそのうしろに続いた。


 あゆむは警戒心を強め、いつでも飛び出せるように身構えた。


 男子生徒たちは、なにか言い合っているようだったが、建ち並ぶ店の外まで漏れ出るBGMや呼びこみの声にかき消され、会話の内容は聞こえなかった。


「キャーッ!」


 だが、その中でも一際耳につく甲高い叫びは聞き逃さなかった。


 その瞬間、あゆむは通るのがやっとの路地を駆け抜け、地面を蹴り、壁を登り、ミミたちの頭上を飛び越えて、男たちとの間に立ち塞がるように着地した。


「うおおお! な、なんだ!」


 男たちは慌てふためき、一人は尻もちをついてゴリラの襲来を恐れた。


「な、なんだこいつ!」

「ゴリラ? もしかして、水谷たちをやったっていう」

「なんでこいつらといっしょにいるんだ?」


 軽いパニックを起こしつつも、三人はすぐに身構え、臨戦態勢に入った。


「そりゃあ、同じ学校だし、俺たちは友達だからな! 頼もしい助っ人だよ!」


 飯田が、あゆむの背中で吠えた。


「あゆむくぅん、ミミね、そいつらに乱暴されそうになったのぉ」


 瞳を潤わせて、ミミが言った。


「はぁ? てめぇ、なに」

「許せないな!」


 男たちに、あゆむのずっしりとした重圧が襲いかかった。


 まるで、むりやりリングに上げられたような、戦うことを強制されている感覚があった。


「ちょっと待て、ゴリラ。俺たちが用があるのは、うしろのやつらだけだ。お前とやる気はねぇ。どいてくれるか?」


 リーダー格の少年が、努めて冷静に言った。

 少年は小柄ながらもバイソンの角を生やし、腕っぷしには自信があるように見えた。


「それはできない。きみたちがやったことは、水谷たちと同じだ。僕は、それを見逃すことなんてできない。目の前の女の子を、危険に晒すなんてできるはずがない」


 牙を剝き出し、あゆむは三人を睨みつけた。


「さっきから訳分からねぇこと言ってんじゃねぇぞ、こらぁ!」

「舐めんなこらぁ!」


 重圧に耐えきれなくなったのか、両脇の男たちが同時に飛びかかった。


「お、おい! やめ」

「オオオオオ!」


 右の男のチーターの拳も、左の男のオオアリクイの爪も、あゆむには届かなかった。


 振り下ろされた鉄拳をくらい、ゴミの散乱した地面に叩きつけられてしまった。


「くそが! 問答無用かよ!」

「先に手を出したのはそっちだろ!」


 少年は、一撃で伸びた仲間に目をやった。

 二人とも決して弱いわけではない。目の前のゴリラが強いのだ。


「ちくしょう!」


 絶望的な状況を嘆き、改めて敵を睨んだ。

 ふと、強敵のうしろで笑う男女が目に入った。


 その瞬間、言い様のない怒りがこみ上げてきた。 


「くそっ! 馬鹿にすんじゃねぇ!」


 とにかく目の前の笑った顔を消し去りたかった。


 虚をついて飛びかかったつもりだったが、拳は目標には届かず、分厚い手のひらに防がれた。


「くっ!」


 あゆむは防いだ拳をそのまま薙ぎ払い、相手の体勢を崩した。

 そして、空いた体を渾身の力で殴り飛ばした。男の体は宙に浮き、三メートル離れた背後の壁に叩きつけられた。


「こ……の……化け……物が……」


 呻くような声を残し、男は意識を失った。

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