第23話

「キャー! かっこいい!」

「ありがとぉ! あゆむくん、すごぉい」


 女子からの黄色い声に、あゆむは今までの緊張が解け、ニヤけ面で照れてしまった。


「よし、ずらかるぞ!」


 上島が、どこか満足気に言った。


「え? 警察に通報しないの? ストーカーだったんでしょ? 支倉さんも乱暴されたって言ってたし」


 あゆむがキョトンとして言った。


「え? あ、あぁ。それはいいんだよ。お前のおかげで、こいつらも痛い目を見たからな。もう二度と近づいてこねぇよ」

「でも……」

「それに、あれだ。この状況だと、お前が過剰防衛とかになるかもしれないだろ? こっちが頼んだのに、そんなことになったら、悪いからよ」


 飯田があゆむの言葉を遮った。


「そうだよぉ。こんな奴らほっといて、はやく行こうよぉ。お祝いにさ、みんなでカラオケ行こぉ?」

「い、いや、僕はもう帰らないと勉強が」

「あゆむくんは頭いいんだからぁ、だいじょうぶだよぉ。ほらぁ、いこいこぉ」


 ミミが強引に手を引っ張り、あゆむの家とは反対の方向へ誘った。


 ゴリラになる前はその見た目から放課後の寄り道も「あゆむくんは早く帰らないと危ない」と女子から言われ、遅くまで遊んだことなどなかった。だから、少しの罪悪感を感じながらも、ミミたちの誘いに興味と魅力を感じていた。


 そして、誘惑のままカラオケを楽しんだ。


 先程の大立ち回りを称賛され、ミミからの過剰なボディタッチなど、今まで感じたことのない優越感と満足感に浸った。英梨に勉強をしていて遅くなると、生まれて初めての嘘をつき、知らなかった世界に身を委ねた。


 あゆむが帰宅し、嘘を見抜いている母の作られた出迎えを受けたときには、日付が変わろうとしていた。



「おう。なんだ? 話って」


 あゆむがカラオケで熱唱しているころ、信一たちは中学時代の同級生に呼び出され、近所のコンビニに来ていた。


「こっちは明日までに、英単語五十個覚えなきゃいけねぇんだよ! くだらんことだったら帰るぞ!」

「落ち着けって義雄。見てみなよ、どうでもいい話する顔じゃないでしょ」


 三人の視線の先には、顔に包帯を巻き松葉杖をついた、バイソンの角を生やした少年がいた。

 店の光に照らされた表情はどこか不機嫌で、茶化されたことにため息をつくと駐車場の壁に寄りかかった。


「久しぶりだな、寺田てらだ


 信一が缶コーヒーを渡しながら言った。


「おう。呼び出したことは悪いと思ってるし、義雄から勉強の話を聞くなんて信じられねぇけどよ。こっちはそんなこと気にしてられねぇんだよ。この怪我見たらわかんだろ」


 寺田と呼ばれた少年は、イラつきながら唾を吐いた。


「悪いけど、俺たちは今喧嘩なんてできねぇそ? まだ水谷たちから受けた傷が」

「相手がてめぇんとこのゴリラでもか?」


 寺田の言葉に、信一たちの表情は険しくなった。


「その怪我、早乙女がやったってのか?」

「そうだよ。ついさっきな」


 信一らが知る寺田は、義理深く道理に外れるようなことはしない男だった。

 いくら考えても、あゆむと衝突する理由がわからなかった。


「おいこらチビ。馬鹿なことぬかしてんじゃねぇぞ。早乙女がそんなことするわけねぇだろうが! あいつはオレみたいな奴のために、勉強教えてくれるいい奴だぞ!」


 義雄が怒りを乗せて吠えた。


「知るか! こっちは実際にやられてんだよ! 連れの二人は脳震盪起こして、一日安静にしてなきゃなんねぇ。お前はそう言うけど、アニマで強くなって調子に乗る奴なんて珍しくもねぇだろ! それともなにか? てめぇんとこの制服来た大型ゴリラが、もう一頭いるってのか? いるわけねぇよな、あんな化け物みたいなやつがよ!」

 

 寺田も正面から向き合い、怒鳴り声を上げた。


「んだとこらぁ!」

「あぁ!」

「やめろ!」


 今にも飛びかかりそうな義雄と、自分の怪我を無視してやり合いそうな寺田を、信一が一喝した。


「……なぁ、寺田。お前を疑うわけじゃねぇが、俺たちはどうしても早乙女がやったってことが信じらんねぇ。あいつの性格は知ってるつもりだし、恩もある」

「んなことはわかってるけどよ。ただ、ちょっと調べたら他にもいたぜ? ここ最近でゴリラにやられたって奴らがよ」

「マジかよ……」


 義雄がショックのあまり涙目になった。


「だからお前たちに連絡したんだ。このままだと、色んな奴から恨み買って取り返しのつかねぇことになるぞ」


 四人の間に、重い静寂が横たわった。


「んー、とりあえず寺田っちの件から調べてみようよ。おれたちと別れたあとだから、千代姫がいっしょに帰ってたはずだけど、うさ耳美少女とかいなかった?」


 静寂を切り裂いたのは、忠の明るくも真剣な声だった。


「いや、いなかったはずだ」

「おっけー。じゃあ、千代姫に聞いてみよう。連絡先聞いてるから」

「てめっ、いつの間に!」


 義雄の悔しさと驚きの言葉など意に介さず、忠は千代に電話をかけ始めた。


「もしもし千代姫~? 新島だけど、今ちょっといいかな? え? おれにも聞きたいことがある? なになに? ちなみに、土日は空いてるよん……うん、あーうん、なるほど。うん、おれもその話がしたかったんだ……いや、千代姫は気にしないで。たいしたことじゃないよ……ごめん。今はまだ、おれにもわからなくてさ。詳しくはまた話すよ……大丈夫、こっちはこっちでなんとかするからさ! ……うん、そうして。ありがとう。んじゃ、また明日学校でね! バイバーイ」


 忠が電話を切ると、三人の熱い注目が結果を待っていた。


「だいたいわかったよ。残念だけど、やったのはあゆむきゅんで間違いないと思う」

「本当に、早乙女が……」


 さらにショックを受けた義雄のとなりで、信一も歯を食いしばった。


「寺田っち、やられたときのことを詳しく教えてもらえる? それと、あゆむきゅんにやられたっていう、べつの奴らの話も聞きたいな」


 少しだけ低くなった忠の声に、信一たちは寒気を感じた。


「ほらほら、勉強の合間にやんないといけないんだから、はやくしようよ。いろいろやんないといけないんだから……いろいろとね」


 忠の顔は笑ってはいるが、目の奥に冷たい光が宿っていた。


 静かにキレた忠に、頼もしさと恐ろしさを感じながら、信一たちは行動を開始した。

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