第24話

「もう。なんなのよ、あゆむったら」


 ミミとあゆむの態度にモヤモヤしていた千代は、勉強も身に入らず、ベッドの上で膝を抱えていた。


 水谷の一件以降、あゆむとの関係はただの幼馴染から進展したものだと思っていた。

 事実、千代はゴリラになったあゆむに対して、雄々しさや頼もしさといった今までとは違う魅力を感じていたし、いっしょに過ごす時間が増えたことで、自分の気持ちが強まっていくのを感じていた。


 そんな中現れた、謎の女と自分が知らないあゆむの一面。


 あゆむのことを縛りつけるつもりはないが、どこか遠くに行ってしまうような不安を抱いた。また、別れ際の背中に妙な違和感を感じ、その理由がなんなのかわからずにいた。


 なにより、ベタベタとくっつくミミに憤りを感じており、思い出すたびにイライラしていた。


「明日、問いただしてやろうかな。でも、あんまり言うと重たい女って思われちゃうかな……あーもう! どうしたらいいのよ!」


 乱暴に投げられた枕が部屋の壁にぶつかった瞬間、電話の着信音が鳴り響いた。


「わっ! びっくりした。もしかしてあゆむ……新島くん?」


 そのとき千代は、チャラくて割と悪い方向の友人もいる忠なら、あゆむを連れて行ったミミのことを知っているのではないかと思った。

 あゆむが言っていたボディガードというのも気になっていたし、むこうの要件ついでに聞いてみることにした。


「はい、もしもし……いいけど、私も新島くんに聞きたいことがあるの」


 千代は人間の耳で電話をしていたが、忠からの冗談は見事に聞き流した。


「実はみんなと別れたあと、C組の支倉って女子が来てさ。あゆむがボディーガードみたいなことをするとか言って、いっしょに行っちゃったんだ。その女子のこと、新島くんなにか知らない?」


 大きな期待はしていなかった。


 ただ、あの泥棒猫がどんな性格か聞ければいいと思っていた。だが、忠の返答は意外なものだった。


「うん。おれもその話がしたかったんだ」


 その言葉に、千代の不安は一気に膨らんだ。


「なに? どういうこと? あゆむ、なにかに巻きこまれてるの?」

「いや、千代姫は気にしないで。たいしたことじゃないよ」


 口早に問い詰めたが、忠にははぐらかされてしまった。


「なに? わたしには言えないの?」

「ごめん。今はまだ、おれにもわからなくてさ。詳しくはまた話すよ」


 本当はもっと問い詰めたかったが、忠の声になんらかの事情があると察し、ここは引き下がることにした。


「わかった。でも、大丈夫なの? わたしに手伝えることがあったら、言ってよね?」

「大丈夫、こっちはこっちでなんとかするからさ!」


 話し方はいつもの調子だったが、端々に感情を抑えているのが伝わった。


「おっけー。じゃあ、なにかあったら教えて。わたしはわたしで、あゆむのことを気にかけておくから」

「うん、そうして。ありがとう。んじゃ、また明日学校でね! バイバーイ」


 忠は明るく電話を切った。


 今の会話で、千代の不安はむしろ大きくなったのだが、同時に忠たちの存在に安心していた。


 例の一件から、罪悪感であゆむや自分といっしょにいるのだと思っていた。

 でも、忠の声には、恐らくあゆむを取り巻く状況への怒りがあった。それは、彼らが本気であゆむと向き合ってくれている証拠だった。

 もちろん、信二と義雄も同じ感情を抱くであろうことは、千代には簡単に想像できた。


「ま、あの三人を信用してやりますか……って、今度は英梨さん?」


 再び鳴り響いた着信の相手は、あゆむの母である英梨からだった。


「も、もしもし」

「もしもし、千代ちゃん? ごめんねー、急に電話なんてしちゃって。今お話しても大丈夫?」

「は、はい!」


 こんな風に英梨から電話をもらうことなど滅多になく、緊張した千代のうさ耳は、ピコピコと忙しなく動いていた。


「ありがとう。うーん、単刀直入に言うわね? あゆむは今どこ?」


 あまりにも直球過ぎて、千代は一瞬言葉に詰まった。


「え、えっと。それはどういう意味で」

「さっきあゆむから、千代ちゃんと勉強して帰るから遅くなるって連絡があったんだけど、母親の勘でウソだなぁと思って」


 笑いながらとんでもないことを言う英梨に、千代は苦笑いを浮かべていた。


「そ、そんな」

「それで、あゆむは本当はなにしてるの? あ! ま、まさか千代ちゃんと勉強って保健……ご、ごめんなさい! ある意味嘘ってわけでもないのね! べべ、べつに遅くなってもいいから、やるなら最後までやっちゃいなさいね! あ、でも、ちゃんと避に」

「なにを言ってるんですか!」


 英梨の猛烈な勘違いに、千代も全力の否定で返した。


「あ、あら違うの? それはそれで、残念なような安心したような」

「まったく。あゆむはいっしょじゃないですよ」

「あら。じゃあ、どこでなにしてるのかしら?」

「そ、それは……」


 いつの間にか、答えないわけにはいかない空気が出来上がっていた。


 嘘をつこうにも、とっさに現実味のあるものが浮かばず、下手な嘘は英梨に見破られてしまうだろうと思っていた。もはや、千代には今の状況を話すしかなかった。


「うー、わたしもわからないんですけど……」


 今わかっている情報を、千代はすべて英梨に伝えた。


「そうなのね。わかったわ、ありがとう」

「で、でも、あゆむがなにかしてるって決まったわけじゃないですし。わたしたちが心配し過ぎてるかもしれませんし! あ、あの、あゆむには」


 実の母親への告げ口に、千代はあゆむへ言い訳のできない罪悪感を感じていた。


「大丈夫よ。あゆむにはなにも言わないわ。ただ、あの子があんなウソをつくなんて、初めてだったから。心配しただけよ。母親としてきちんと騙されたふりをするわ!」


 電話の向こうで誇らしげに胸を張る英梨を想像して、千代の顔に思わず笑みがこぼれた。


「千代ちゃんも、迷惑かけるわね。あんな子だけど、これからも仲良くしてあげてね」

「はい、もちろん」


 今度は千代が胸を張って答えた。


 なんの迷いもためらいもなく、自信を持って答えることができた。


「ありがとう。あ、仲良くって言っても、ちゃんと順序を踏んでね? 私、おばあちゃんにはまだ早いと思うのよ~」

「もう! いい加減にしてください!」


 顔を真っ赤にしてツッコんだ千代だったが、ふと浮かんだ疑問が思わず口からこぼれた。


「あの、英梨さん。もしかして、電話したときから、こうなることがわかってました?」

「さぁ? どうでしょうね」


 この人にはどうしたって勝てそうにないと、千代はため息をついた。

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