第42話
「俺たちになにか用かよ」
信一の口から、言葉とともに白い息が発せられた。
朝から降った雪が薄く積もり、足下を白く染めている。
信一、忠、義雄の三人は、いつかあゆむに殴られた体育館裏に来ている。普段なら寒いこの時分に、好き好んでこんな場所に来ようとは思いもしない。
しかし、今回は仕方がなかった。
信一たちは、ある人物に呼び出されたのだ。
いつもであれば、職員室への呼び出しすら無視する三人だったが、今回は相手が悪い。もし言う通りにしなければ、なにをされるかわからない。少なくとも、非常に面倒くさいことになるのは確実だった。
「ねぇ、寒いんだけど。はやくしてくれない?」
「くそっ! カイロ教室に忘れた! さっさと言えこらぁ!」
忠と義雄も、思い思いの不満をぶつけた。
「ごめんなさいねぇ。今終業式の準備してて、ちょっと抜け出したからこんな場所になっちゃったのよ。私も寒いんだから、そんなに大声出さないで」
だれも求めていないウインクを放ったのは、三人を呼び出した張本人。
生徒怪鳥こと、進藤伊織だった。
二学期の終業式を翌日に控えたこの日。
生徒会は放課後、体育館の設置作業に追われていた。気温的には外とほとんど変わらない体育館の中では、残された風花たちがパイプ椅子などのセッティングを行いつつ、抜け出した伊織に不満を漏らしていた。
生徒会との出来事から三週間が経過し、あゆむたちの怪我の具合も良好だった。しかし、信一たちから生徒会への不信感は消えなかった。
現に三人は、伊織への警戒と寒い現状への怒りをこめて睨みつけている。
「悪いが、こっちも暇じゃねぇんだ。話す気がないんなら、帰らせてもらうぜ」
「つれないわねぇ。ま、いいわ。あんたたちに聞きたいことがあるのよ」
伊織は信一たちの警戒など気にも留めず、話し始めた。
「天下の生徒会長さんが、俺たちになにを聞きたいっていうんだ」
信一が鼻で笑いながら言った。
それに対して、伊織がやれやれといった風に首を振って答えた。
「あんたたち、最近なんて言われてるか知ってる? ゴリラの糞よ」
「……なんだそれ?」
屈辱的なことには間違いなかったが、三人はそこにこめられた意味がわからない。
「金魚の糞ってあるでしょ? くっついてるだけって意味の。それのゴリラ版。あんたたちは、あゆむくんにくっついてるだけの雑魚ってことよ」
「んだと?」
「ちょっとカチンときちゃいました」
「だれが糞だこらあ!」
「あたしが言ってるんじゃないわよ! 落ち着きなさい、馬鹿!」
吠え始めた三人を、伊織が慌てて制した。
「ほかにもあるわよ。ゴリラの威を借るその他とか、威嚇で投げられる糞とか」
怒り心頭な忠と義雄に挟まれながら、信一が冷たい声で言った。
「俺たちが、早乙女より弱いって言いたいのか?」
怒鳴ったりするのではない、冷たく鋭い怒りがにじみ出ている。
「あら、そこは事実じゃないの? 何発も耐えたあゆむくんに対して、一撃で沈んだのはどこの三人だったかしら」
ムカつく笑みを浮かべる伊織を睨みながら、信一たちは反論できず舌打ちをした。
「あたしがそんなこと広めたわけじゃないわよ? あんたたちのことを聞いた、誰かさんの想像。水谷事件以降に、あんたたちがあゆむくんの下についた。あゆむくんの強さを利用して、立ち回ろうとしてるってね。あんたたち、元々あゆむくんにカツアゲ紛いのことをしてたんでしょ? そんな過去があったのに友達なんて、裏があるって思われても仕方ないわ」
黙って聞いていた信一だったが、我慢できずに進み出て口を開いた。
「俺たちにそんなつもりはない。たしかに、最初は罪滅ぼしだった。でも、今は違う。そりゃあ、あいつにしてしまったことは、許されることじゃねぇ。でも、今はあいつと対等に、本当のダチでありたいと思ってるんだ」
「わかってるわよ。ただ、他校の連中や血の気が多い奴らはそうは思わないでしょうね」
伊織は白いため息をついた。
「いい? このままだと、あんたたちの関係を良く思わない連中が、あれこれ面倒なことをしてくるようになるわよ」
「んな奴ら全員ぶん殴ってやる」
義雄が鼻息荒く言った。
「あのね、そういう奴らっていうのは実力がなくても、だいたい想像力豊かなクズが多いのよ。あんたたちの爪も牙も届かないところから、せこせこ腹の立つことをやってくるの」
伊織の言葉に義雄は悔しそうに唸り、忠が慰めるように背中に手を置いた。
「言いたいことはわかった。だが、どうするかは俺たちが決める。あんたに言われる筋合いはねぇ」
信一が低い声で言うと、忠と義雄も黙って頷いた。
「……わかったわ。でも一応、あたしにも少なからず責任があるのよ。あたしのせいで、あゆむくんの武勇伝が一気に広がっちゃったみたいなの。協力できることはなんでもするわ」
「……あぁ」
三人は伊織に背を向け、柔らかい雪を踏みつけながら去って行った。
その後ろ姿はどこか重たく、毛に積もった雪も悲し気に見える。
「んもう。手間のかかる子たちね」
伊織は雪に残った足跡を見つめ、呟いた。
その直後、爆発音に似たくしゃみを起こし、居場所のバレた伊織は風花によって作業に戻された。
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