第43話
今日も元気なゴリラが登校してくる。
十二月二十三日のこの日、動森高校では終業式を控えていた。
毎日続く授業はなく、どこか非日常の今日は、あゆむでなくても皆どこかテンションが高い。一年B組でも、午後からの遊びの予定やクリスマス。
さらには年末年始の特番の話まで飛び交い、気持ちだけ一足早い冬休みを迎えていた。
「おはよう!」
「おっはよう!」
昨日から振り続ける雪を頭に残したまま、あゆむが教室へと入ってきた。
続いて、千代がマフラーを外しながら元気に飛びこんできた。
「おす、早乙女」
「おはよう、千代ー!」
すでに登校していたクラスメイトから、今年最後になるであろう朝の挨拶が飛んだ。
「おはよう、早乙女っ! 外は寒いなぁ。気分が悪くなったらいつでも言ってくれよっ!」
「もちろん、谷口くんに言うよ。二年は保健委員になったほうがいいんじゃない? ぴったりだと思うよ!」
「そうかっ! 早乙女が言うならそうしようかなっ!」
「元気だなお前は」
あゆむは自分の席に座ると、ほぉっと息を吐いた。
まだ暖まりきっていない教室でも、風と雪が防げるだけで十分暖かい。
ゴリラの毛はあまり防寒には向いておらず、あゆむはこの体の新たな弱点を痛感していた。さらに先日、今まで使っていたお気に入りのマフラーが風で飛ばされ、もはや喧嘩を売る者もいないゴリラは冬将軍に惨敗していた。
「おはよう、三人とも!」
荷物を置くと、あゆむはいつものように固まっている三人組に挨拶をした。
「……おう」
「あー、おはよう。あゆむきゅん」
「おす」
あゆむは明るく声をかけたのだが、三人は一様に思いつめたような顔をしていた。
期末考査も中間の倍は詰めこんで切り抜けた信一たちに、ここまで暗くなる悩みなど思いつかなかった。
「え、どうしたの? みんな」
「なになに、新島くんまで。元気ないじゃない」
あゆむのとなりにやって来た千代も、信一たちの反応に首をかしげた。
「あぁ、ちょっとな」
「いろいろあってねぇ~」
「今はラーメンも喉を通らねぇ」
義雄の告白に一番の衝撃を受けつつ、あゆむと千代は自分たちが不用意に入りこめない空気を察した。
「そっか。なにか、僕にできることがあったら言ってよ」
「わたしもね」
「……あぁ、悪いな」
「ありがとね」
「今度ラーメン奢るな」
三人は控えめに笑うと、教室を出てどこかに行ってしまった。
「どうしたんだろう。心配だなぁ」
「どうせ、喧嘩でもしたんじゃない? 大丈夫よ、冬休みの間に元に戻ってるって」
千代の明るい笑顔に、あゆむの不安は少しだけ軽くなった。
「そうだね。あの三人のことだもんね」
「ね、ねぇ。ところでさ」
笑顔から一転、千代はもじもじしながら話し出した。
うしろでは、千代と仲の良い三人の女子がニヤニヤしながら二人を見ている。
「あゆむ、イブって予定ある?」
背後の女子が小さく歓声を上がった。
「え、えっと、明日は特に予定はないけど」
このあとの展開を期待して、あゆむもドキドキしていた。
「じゃ、じゃあ、いっしょに買い物に行かない? た、辰樹たちのクリスマスプレゼントを買わないといけなくてさ」
視線を逸らす千代の顔が赤らんでいるのは、気温のせいなのか別の理由があるのか。
うれしさに舞い上がるあゆむには、到底わからない。
「も、もちろん! いっしょに行こう」
笑い合った二人の周囲で、女子が高い歓声を。
男子たちが、それぞれの相手に向けて悔しさの嘆きを起こした。
それから終業式を終え、通信簿の内容に一喜一憂し、別れの言葉を交わしても、信一たちの表情が晴れることはなかった。
翌日。街はクリスマスの装いに盛り上がっている。
多くの恋人たちが身を寄せ合い、それを見つめるその他大勢が、嫉妬と憎しみを抱いている。
大きなツリーが存在感を放ち、イルミネーションが街を彩り、コスプレをした人たちが目を引く中に、直立不動のゴリラが異彩を放っていた。
毎日いっしょに過ごしている千代とのデートに、そこまで緊張はしないと本人は思っていた。しかし、実際に当日を迎えると着ていく服に自信が無くなり、毛並みが気になり始め、朝食もあまり食べられない。
そのうえ、母親である英梨に再び余計な心配までされる始末だった。
「いい? あゆむ。今日中に帰ってくるのよ。あんなことがあったんだから、むこうのご両親だって、遅くなったら心配するわ。だからね、性の六時間なんて気にしないのよ! それと必ず避に」
「大丈夫だから! そんなことしないから!」
「ダメよ! ちゃんとしなさい!」
「そういう意味じゃないから!」
というやり取りをしたせいで、変なことを意識するようになってしまったのだ。
なにをしていても、思春期の頭にはそういうことがよぎってしまう。どんな顔で会えばいいのかわからなくなってしまい、結果として直立不動で固まるゴリラが生まれた。
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