第44話

「おまたせ、あゆむ!」


 待ち望んでいた声にハッと飛び上がり、あゆむはやっと体を動かした。


 千代は白いコートを身に纏い、ふわふわとしたベージュのスカートを着こなしていた。インナーはグレーのセーターを着ており、大きめのピンク色のバッグを肩にかけいる。


 私服の千代に目を奪われたあゆむは、挨拶を返すのを忘れてしまった。


「もしもーし。あゆむさーん」

「うわぁ! ご、ごめん。見惚れてた」


 つい口から出た本音にあゆむは慌て、千代は恥ずかしさでうつむいた。


「あ、いや、その」

「ああありがとう。そ、そう言ってもらえるとうれしいな!」


 千代は元気に言った。

 が、本当は恥ずかしさで走り去りたい気持ちだった。


「あゆむも、かっこいいじゃん!」

「そそ、そうかな。あ、ありがとう」


 あゆむは黒いダウンジャケットに青いバッグを肩から下げ、濃い色のジーパン。

 インナーはクリスマスの景色が白くプリントされた、黒いトレーナーだった。


 朝、悩み悩んで決めたものだが、千代に褒められたことで自信を取り戻した。


「じゃ、じゃあ行こうか」

「うん」


 お互いに照れつつも笑い合い、二人は歩き出した。


「あゆむ、ケガの具合はどう?」

「うん、もうほとんどいいよ。包帯も取れたし、瞼の腫れも引いてきたしね」


 駅ビルに来たところでどうにか顔から熱さが引き、やっと普段のような会話ができるようになった。


「そういえば、たっちゃんたちのプレゼントってなに買うの?」

「今ハマってるアニメの変身セット。男の子と女の子のヒーローだから、いっつも二人で遊んでて」

「そうなんだ。でも、大丈夫なの? こんな当日に買えるものなの?」

「大丈夫。お店に予約してて、今日取りに行くようにしてるから。わざわざお店に行くより、ネットで買うのが便利なんだろうけど、あの二人勘が良くて。家に置いてるとバレちゃうの」


 千代が困ったようにため息をついた。


「あはは。すごいね」

「サンタさんも楽じゃないよね。ねぇ、まだ時間があるからちょっと買い物して行こうよ」


 千代の笑顔から、あゆむはこっちが本命なのだと気がついた。


「いいけど、量はほどほどでお願いします」


 大きなうれしさと少しばかりの不安を抱いて、あゆむは笑った。


「わー、きれい!」

「え、これかわいい!」

「やだ、欲しい!」


 立ち寄るお店は皆、きれいな装飾で飾られている。

 千代は買いはせずとも、スノードームやぬいぐるみ、新しい服などに目を輝かせていた。


「あー楽しい!」

「そうだね」


 あゆむも、千代との楽しいひと時に酔いしれていた。


「あー、ちょっとごめん。お手洗い……行ってもいいかな?」

「う、うん。もちろん」


 あゆむは千代が戻るまで、スマホをいじって待っていた。


「あ、大野くん!」

「早乙女」


 すると、目の前に見知ったハイエナ。大野信一が現れた。

 忠と義雄はいなかったが、となりには信一よりも少し小柄な女の子が立っている。


「え、えっと。もしかして彼女?」

「ちがう!」


 ドキドキして聞いてみたあゆむだったが、食い気味で否定された。


「妹だ。来年受験だから、景気祝いにケーキ食わせろってうるさくてよ……お前には、その、こいつも世話になったな」


 あゆむは、水谷が信一たちに要求していた金の存在を思い出した。


 信一たちが水谷に従うようになった原因であり、あゆむにカツアゲ紛いの行為を行った理由。それが目の前にいる信一の妹を、水谷の毒牙から守るためだった。


「はじめまして、妹の大野愛です。早乙女あゆむさん、ですよね。兄からお話は聞いてます。その節は、本当にありがとうございました!」

「い、いえ。僕はそんな」


 礼儀正しくお辞儀をした少女に、あゆむはおどおどと答えた。


 愛は黒髪を短く切りそろえ、ソフトボールをしているからか、少し日に焼けた肌をしている。頭には信一と同じ灰褐色の耳が生え、尻尾が出せるアニマ用のコートからは、先端に黒い毛の生えた尻尾が伸びていた。

 全身が変異した信一ほどではないが、愛も同じブチハイエナのアニマだった。


「いえ。わたしも兄も、ただ兄もよし兄もみんな助けてもらいました。なんてお礼を言ったらいいか。本当に、早乙女さんがいなかったら、みんなどうなっていたかわかりません」


 愛が言うただ兄とよし兄が、幼馴染である忠と義雄のことだとあゆむは気づいた。


「僕は、特別なことはしてないよ。大野くんたちのほうが、すごいことをしてたんだよ」

「もちろん、兄たちにも感謝しています。でも早乙女さんは、ひどいことをしていた兄たちも全員助けてくれました。みんな言ってますよ、早乙女さんはヒーローだって。わたしもそう思います!」


 ヒーローという響きに、あゆむの顔が思わず緩む。


「え、えっと、そう言われると照れるなぁ」

「これからも、兄たちのことをよろしくお願いします。早乙女さんがいないと、兄たちみんなダメダメですから」

「そんなことはないよ。きみのお兄さんたちだって、すごく強いんだから」

「……本当にそう思うか?」


 盛り上がっていく二人の会話を切り裂くように、信一の低い声がした。


「え、そりゃあ、もちろん」

「俺たちが倒れてる横で、お前は水谷たちをぶっ倒した。この間も、あの化け物生徒会長相手に、お前は何度も立ち向かったのに、俺たちは一撃で動けなくなった。俺はお前に、強いところなんて一度も見せてねぇぞ」

「そ、そんなこと……」

「俺は……お前に……」

「お兄ちゃん?」


 心配そうに見上げる愛の言葉で、歯を食いしばっていた信一はハッと顔を上げた。


「すまん……野山とデートなんだろ? 邪魔して悪かったな」

「デ、デートなんてそんな!」


 信一の態度に言いようのない不安を感じつつ、この場にいるだれよりもガタイの良いゴリラが、顔を赤らめた。


「彼女さん、ですか?」

「いやいやいや! 彼女じゃないよ!」


 自分の言葉に寂しさを感じつつ、あゆむは愛の言葉を否定した。


「おら、もう行くぞ……じゃあな」

「ちょ、ちょっと待ってよ、お兄ちゃん。早乙女さん、失礼します!」

「うん。また」


 信一から、あゆむは自分に対する気まずさのようなものを感じた。

 それが妹の前だからか、それとも先日から続くものなのかは、わからない。


 人ごみに消えていく友の背中を、あゆむは黙って見つめることしかできなかった。

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