第45話
合流した千代に信一たちのことを話すと、愛を見たかったと嘆いた。
その後、なんとなく以前寄ったカフェは避けて別のレストランに入った。
そして、いざおもちゃ売り場に向かったのだが、子ども連れの波で思うように進めない。
結局、どうしても目立ち場所を取るあゆむは、千代が戻るまで離れたところでの待機を命じられた。
やっとの思いで商品を受け取り、あゆむが千代の汗ばんだ笑顔を目にしたときには、すっかり日も暮れてしまっていた。
「うわぁ! 見て見てあゆむ! すっごいきれい!」
しかし、暗くなったからこそイルミネーションがひと際美しく輝いていた。
色とりどりの電飾が、サンタや雪だるまなど様々な形を作り出している。カップルや家族連れは足を止めて写真を撮り、その横をサラリーマンたちがケーキを片手に家路を急いでいた。
「本当だ。すごいきれいだね」
もちろん、あゆむがこのイルミネーションを見るのは初めてではなかった。
毎年デザインが変わるとはいえ、この時期に出かければ嫌でも目に入るもので、そこまでの感動はなかった。
だが、今年は違う。
千代と二人で見る光の演出は、どれもが美しい。
中学までの自分なら、とても考えられないことだ。無駄に距離を作ってしまっていた頃なら、こうして誘われることもなど文字通り夢だった。
友達と過ごすクリスマスも、もちろん楽しい。しかし、こうして好きな人と同じ時間を共有し、並んで過ごすのとは種類が違う。
穏やかな、それでいて胸躍る時間が目の前の光に照らされていた。
「……ちょっと歩こうか」
「……うん」
二人はゆっくりと歩き出した。
あゆむは歩幅を狭め、千代のペースに合わせて歩く。
今では当たり前になったこの歩き方も、去年までは足の遅いあゆむがあとをついて行く立場だった。
場所が変わればイルミネーションも変わり、普段は中央に置かれた犬の像が存在感を放つ広場へやって来た。
しかし、この日は犬の像のうしろに巨大なクリスマスツリーが置かれ、ハート型のイルミネーションが像を包むように彩られている。
多くのカップルがハートの前に足を進め、唇がつきそうな距離で写真を撮り、中には本当にキスをしている者たちもいた。
「きれい……だね」
「うん……」
周りのお熱い空気に当てられたのか、二人はどことなく気恥ずかしさを感じていた。
「雪だ」
暗い空のどこかから、柔らかい雪が落ちてきた。
光に照らされた雪は星の欠片のように美しく、千代の手にゆっくりと降りた。
「あの!」
これも周りに影響されたからなのか、あゆむは意を決して声をかけた。
「え! な、なに?」
急に真剣な顔になったあゆむに、千代は驚き、自分の鼓動を感じていた。
「えっと……こ、これ! クリスマスプレゼント!」
声が裏返らないように細心の注意を払いながら、バッグの中から手のひらに乗るかわいらしい包みを取り出した。
「これ、わたしに?」
「も、もちろん」
「……うれしい。開けてもいい?」
あゆむが頷くと、千代は包みを受け取り封を解いた。
中には、この日千代が欲しがっていたスノードームが、キラキラと光る雪を降らせていた。
「え! これって」
「さっき千代ちゃんを待ってるときに、こっそり買いに行ってたんだ」
あゆむは恥ずかしそうにネタ晴らしをした。
「ありがとう、あゆむ……実はね、わたしも」
千代も自分のバッグから、プレゼント用の包みを取り出した。
「え! いつの間に」
「わたしもトイレに行くフリをして、こっそり買ってたの。同じことしてたね」
二人は笑い合い、お互いをからかった。
あゆむが包みを開けると、中には赤地に黄色い刺繍が施されたマフラーが入っていた。
「うわぁ! すっごくうれしいよ! ありがとう!」
あゆむは満面の笑みで喜んだ。
「……貸して、巻いてあげる」
千代はマフラーを受け取ると、あゆむの首に優しく巻いた。
その間あゆむは屈んで千代がやりやすいようにし、巻かれていく温かさと幸せを噛みしめた。
「……どう? 苦しくない?」
「うん。あったかいよ」
優しく笑いかけるあゆむの顔に、千代は昔の面影を見た。
弱い弱いといじめられ、いつも泣いていたあゆむ。
女の子のようだとからかわれながら、だれよりも優しかったあゆむ。
ゴリラになり、度々暴走し、周りは見る影もないと言うけれど、瞳に宿る優しさはなにも変わらない。
千代が好きになった、たった一人の男の子。
屈んで、自分と同じ高さに来たあゆむの頬に、千代は愛しさをこめてキスをした。
「え、なっ」
あまりの出来事に言葉を失うあゆむに、千代は舌を出していたずらな笑みで言った。
「メリークリスマス」
「メ、メリークリスマス」
ぎこちない笑いをなんとか返し、あゆむは立ち上がった。
二人は見つめ合うと、照れ隠しのようにまた笑った。
そのまま舞い上がった気持ちで写真を撮り、千代の門限が迫っていたため、後ろ髪を引かれる思いで家路についた。
「あゆむ、今日はありがとう」
「ううん。こっちこそ」
雪が降る中にあって、あゆむは全身が熱かった。
頭がぼーっとし、まるで夢を見ているようだった。
ふらふらとした足取りで家に帰ると、あまりに惚けた状態のあゆむに英梨がついに一線を超えたかと騒いだが、冷静さを取り戻したあゆむが全力で否定した。
「お兄ちゃん! 先にケーキ食べちゃうよ!」
あゆむと別れた信一は、愛とともに自宅に戻っていた。
出先でも食べたくせに、家に帰ってもクリスマスケーキを頬張ろうとする妹にうんざりしながら、信一は自分の部屋で物思いに更けている。
「あぁ、食べてていい!」
台所からの声に答えると、信一はスマホを操作し、どこかに電話をかけた。
信一の声は低く、表情は固い。
「頼みがある。協力してくれ」
信一は自分の考えを電話口の相手に話し始めた。
電話を切ると深いため息をつき、布団の上に倒れた。
天井を見上げるその目には、覚悟を決めた光が宿っていた。
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