朝起きたらゴリラになってました。〜不良も倒すし好きな人も助けるしゴリラ最高です！〜

第49話

　伊織の声を合図に、二人が飛び出した。

　あゆむの巨大な拳が伸びる。

　しかし、轟音とともに空を切り信一が懐に入った。

「オラァ！」

　空いた腹部にボディブローを叩きつけ、そのまま連打を浴びせた。

「うっ、ぐっ」

　あゆむは防御姿勢のまま動けず、信一の拳を受け続けた。

　信一は攻撃の手を緩めることなく、ガードの上から今度はハイキックを繰り出した。

「ドラァ！」

　だが、防がれた蹴りは決め手にはならず、生まれた一瞬の隙をついてあゆむが右フックを放った。

「はあ！」

「くっ！」

　すんでのところで信一は避け、距離を取った。

(なんて素早いんだ。攻撃も当たらないし、このままじゃ防戦一方だ！)

(くそったれ！　どんだけタフなんだよ。タイヤ殴ったような感触しかねぇし、っていうか、なんだあのパンチはよ！　食らったら洒落にならねえぞ)

　一度の交戦で二人はお互いの力を感じ取り、身震いとともに警戒した。

「っしゃ！」

　今度は信一から仕掛けた。

　飛び蹴りで襲いかかると、避けたあゆむにローキックを放った。

　あゆむの攻撃を避けながら、ローキック、中段蹴り、連続ジャブなど多彩な攻撃で翻弄する。

「ぐぅ！」

「オラオラオラオラ！　そんなもんかよ！」

　下がったガードを見逃さず、信一の右ストレートが顔面を捉えた。

「……捕まえた」

　振り抜いた腕を掴み、血の流れる口であゆむは笑う。

「くそっ！」

「っはあ！」

　そのまま、今度はあゆむの右拳が信一の顔に叩きこまれた。

「「入った！」」

　壁際で見ていた忠、義雄が思わず声を上げた。

「ぐお……おおお！」

　信一は鼻血を流しながら、飛びそうになった意識をなんとか持ち直した。

「うっ！」

　咄嗟に爪を立て、痛みで怯んだあゆむの手から腕を強引に引きはがした。

「っしゃあ！」

　信一が反射のように放ったローリングソバットが、怯んでいたあゆむのこめかみを捉えた。

「あがっ……くっ！」

　あゆむは激しい痛みとともに脳を揺らされ、思わずよろけてしまった。

　攻め込む好機だったが信一もふらつき、追撃できずに数歩下がった。

「……へへへ」

「……ははは」

　口に広がる血の味を噛みしめながら、二人は笑った。

「……なんで笑ってるのよ」

　手に汗握りながらも見守る千代が、呆れて言った。

「もう思いました？」

　となりに座る風花が、千代の顔を覗きこみながら聞いた。

「はい、本当に……」

　ため息をつき、二人は声をそろえた。

「「男ってバカ」」

　一進一退の攻防は続き、道場の床板には二人の血と汗が混ざり落ちていた。

「はぁ……はぁ……」

「うぅ……はぁ……」

　痛みで顔を歪ませながらも、二人は向かい合い決して負けを認めない。

「……そろそろかしらね」

　息を飲む闘いが繰り広げられる中、伊織だけが決着を予感していた。

「やっぱり……強いな」

「信一くんこそ……すごいよ」

　つかの間、互いに讃え合うと再び笑顔を交わした。

　そして笑顔を消し去ると、二人は覚悟を決めた眼差しを交差させる。

「オオオーーーン！」

「ウホオオオオオ！」

　ハイエナの遠吠えと、ゴリラのドラミングがこだました。

　先に動いたのは、信一だった。

　牙を剝き、獲物に襲いかかるハイエナそのものだった。

　対して、あゆむは空手の正拳突きのように拳を構えて待った。

　信一は飛びかかり、あゆむは拳を放つ。

　風圧を感じるほどの剛拳が、信一を襲う。

　信一は勢いを殺すことなく、だれもが恐怖する拳に立ち向かった。

　そして、頬の毛先をかすめながらもギリギリで躱し切った。

（そう来ると思ってたぜ！）

　信一は今までの経験から、あゆむの行動を読んでいた。

　そして、尊敬の念をこめて口を開いた。

　鋭く尖った必殺の牙。

　それこそが、ハイエナのアニマを全身に得た、信一最大の武器だった。

（お前はすげぇよ。だから、俺も全力でいく！　これが俺の最強の攻撃だ！）

　骨をも砕く強靭な顎が、あゆむに迫る。

　信一は首元に狙いを定め、これから広がる血の味を覚悟した。

（きみなら、そうしてくれると思ったよ！）

　あゆむは信一の強さと性格、ハイエナの能力を知っていた。

　怖がりながらも、ずっとその強さに憧れていたから。

　だから、彼のことは三人の中でも一番見ていた。

　だから、彼のアニマのことはよく調べた。

　信一の実力なら自分のパンチが避けられると覚悟していたし、最後は最強の攻撃できてくれると確信していた。

　信一の牙が突き刺さる前に、あゆむの頭突きがその口を閉じた。

「ぐむんっ！」

　衝撃とともに強烈な痛みが襲い、信一は体勢を崩した。

「うおおおおお！」

　そして、あゆむの渾身の力で放たれたボディアッパーが腹部を捉える。

「がっ、あああっ！」

　信一の体が、背後の壁まで飛ばされた。

　受け身も取れずに叩きつけられた信一は床に落ち、立ち上がることはできなかった。

　中央には拳を振り抜いた、荒い息のゴリラが立っていた。

「勝者、早乙女あゆむ！」

　伊織の叫びで勝敗は決した。