第48話

「おれたちからも、お願いできるかな?」


 あゆむが答えられずにいると、忠と義雄が進み出た。


「信一はさ、おれたちにとってリーダーみたいな存在なんだよ。おれたちは心から信一のことを認めてるんだ」


 忠の言葉に、義雄が黙って頷く。


「おれたちは幼馴染で友達で、あいつのためなら、なんだってできる。もちろん信一も、おれたちのために体を張ってくれる。そんな関係なんだよ。あゆむきゅんとも、そんな友達でいたいと思ってる。お互いを本当の意味で信頼できる関係になりたい」


 忠の口調は穏やかで、真剣なものだった。


「だからこそ、信一と闘ってほしい。おれたちの中で一番強いのは信一だから、おれたち三人の代表。あ、べつに勝ったらおれたちのリーダーってわけじゃないよ。ただ……おれたちもこのままじゃ、あゆむきゅんと向き合えない。口だけの連中なんて、普段なら気にも留めないんだけど、その言葉に、おれたちはひっかかるものがあるんだ。だから」

「ごちゃごちゃうるせぇな」


 黙って聞いていた義雄が、忠を押しのけた。


「要は、どっちが強いかはっきりさせてぇんだよ。いつもつるんでるダチなら、気になるだろ? 結局はそういうことだろうが。なに訳わからねぇこと言ってんだ、お前ら」


 義雄は言ってやったと言わんばかりに胸を張り、ドヤ顔を浮かべた。


「ぶはっ」


 信一と忠、そして自分の気持ちを考えて、どうしていいかわからなくなり、泣きそうになっていたあゆむは、義雄の言葉に思わず噴き出した。


「ちょ、ちょっとあゆむ?」


 張りつめた空気だったのに、突然笑い出したあゆむに千代は困惑した。


「あっはっは」

「ははははは」

「うっふっふ」


 忠、信一、伊織までもがつられたように笑った。


「そうだね、いいこと言うじゃん。義雄」

「だな。小難しいこと言って、らしくなかった。ありがとな」

「いいわねぇ、そういうの。嫌いじゃないわよ」


 それぞれ義雄に声をかけたが、当の本人はなぜ笑われたのか理解できず、きょとんとしている。


「うん……いいよ。闘おう!」

「はあ? なんでよ、あゆむ! 意味わかんないじゃん!」

「いや? 簡単だよ。僕も気になるんだ。僕と大野くん、どっちが強いか」


 胸を締めつけるような悲しみも、流れるときを待っていた涙も消えた。

 冬の澄んだ青空のような心で、あゆむは千代に笑顔を向けた。


「なんでそうなるのよ?」

「まぁまぁ、本人が言ってるんだからいいじゃない」


 納得のいかない千代を、伊織が笑って抑えた。


 あゆむは道場を進みながら、トレーニングウェアと肌着を脱ぎ、上半身裸で信一と向かい合った。


 なんだか体が熱く、芯がうずいている。


「やる気だな」


 信一はにやりと笑い、自分も服を脱いだ。


「もう勝手にしなさい!」

「落ち着いて、千代姫……」


 半ば投げやりのように諦めた千代は、忠たちと壁際へ移動した。


「使ってください」


 座ろうとした千代に、風花がクッションを差し出した。


「あ、ありがとうございます」

「冷えますからね、ここの床。飲みますか?」


 自身ももう一つのクッションに座り、今度は水筒に入った温かい紅茶を薦めた。


「いただきます」

「あのー、先輩。おれらには?」


 冷えた道場の中で、魅力的な湯気を上げる紅茶を見ながら、忠が恐る恐る聞いた。


「巻きこまれた女子の特権です」


 冷たく突き返した風花に、千代は親しみを感じた。


「さぁ! 今日はわざわざあんたたちのために、ここの確保から汚れ役までやってあげたんですからね! つまんない勝負したら承知しないわよ!」


 伊織が二人の間に立ち、場を盛り上げるように叫んだ。


「だからついでに、私が審判をしてあげるわ! 道具は使用禁止、それだけで他はなにしても構わないわ。危なくなったらぶん殴ってでも止めてあげるから、殺さない程度におやりなさい!」

「だとよ。ビビったか?」

「まさか」


 伊織の物騒な言葉も不敵に笑う信一も、あゆむは怖くなかった。


 こんな気持ちは初めてだった。

 今までの自分ではあり得ないことをしているとわかっていた。

 でも、もう止めることはできない。

 感じたことのない高揚感と全身の疼きが、あゆむの心身を支配していた。



「準備はいいわね?」


 冷たい空気が張りつめ、静寂が訪れた。


「はじめ!」

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