第33話

昼休みの一年B組に、悩めるゴリラいた。


 先日行われた中間考査は、あゆむがろくに授業に出ていなかった信一たちに勉強会を企画し、三人はなんとか補習地獄から逃れた。

 だが、ミミたちとの一件で勉強に身が入っていなかったあゆむは、順位を大きく落としてしまった。


 その結果、千代からチクチクといじられ、ここ数日は大きな体を縮こまらせている。


 一方、連日行われていた部活動の勧誘は、千代の提案で各部活に助っ人として参加することが決まった。

 これで、一触即発の危険があったゴリラ争奪戦にとりあえずの終止符が打たれ、あゆむはほっと胸を撫でおろした。


 悩みの種であった試験も終わり、アニマ前よりも充実している日常のはずが、悩めるゴリラは自分の席で唸っていた。


「どうしたの、あゆむ。腕組んで難しい顔して」

「ひゃあ!」


 ひょこっと顔を覗きこんできた千代に驚き、あゆむは高い声を上げた。


「……なによ、その反応。そんなに驚かなくてもいいじゃん」

「あ、あはは。ごめんごめん。ちょっと考え事しててさ」


 実はかわいくてドキッとしたなんて言えるはずもなく、ぎこちなく笑って誤魔化した。


「おう、どうした?」

「見た目とギャップがあり過ぎる悲鳴が聞こえたけど」

「女子のスカートがめくれたのかと思ったのに、がっかりしたぜ」


 信一、忠、義雄の三人が、それぞれ尻尾を振りながらやって来た。


「ははーん。さては、こないだ中間テストの礼に奢った、オレの一押しラーメンの味が忘れられないんだな? わかるぜ。オレも初めて食べたときは、味を思い出しただけで飯が二杯は食えたからな!」

「それはお前だけだ」


 信一が義雄に鋭くツッコんだ。


「あははは。たしかにめちゃくちゃ美味しかったけど、そうじゃないんだ。実は……ずっとだれかに見られてる気がして」


 怯えたように瞳を潤ませ、子どものように見上げるゴリラの姿に、耐え切れなくなった信一、忠、義雄は吹き出した。 


「な、なんで笑うんだよう!」

「だ、だってお前、さっきからギャップが……くくっ!」

「い、いやぁ、アニマの前だったら胸キュンものなんだろうけど、い、今の姿でそれやられても……ご、ごめんねあゆむきゅん……ぶふっ!」

「あっひゃっひゃっひゃっひゃ! げほっ! がはっ!」

「もう! こっちは真剣なんだから!」


 ツボに入った三人に、あゆむは涙目のまま必死に訴えた。


「す、すまんすまん」

「ったく、あんたたち真面目に聞きなさいよ。で、見られてる気がするって、いつからなの?」


 実は静かに笑いを堪えていた千代が、何事もなかったかのように言った。


「う、うん。気になり始めたのは一週間くらい前からなんだけど。ずっと視線を感じるんだ」

「勘違いじゃないの?」

 

 千代がうさぎの耳をピコピコ動かして言った。


「僕もそう思ってたんだけど、今日四限目体育だったじゃん? 終わって帰ってきたら、僕の制服が動いてるんだよね。重ねて置いてた順番が違ってたんだ。それに最近、物が無くなることが多いんだ。昨日も、昼休みにはたしかにあったのに、家に帰ったらお箸が無くなってたし。視線も、興味本位で見られるのには慣れたんだけど、なんだか舐めるように見られてるっていうか、品定めされてるような」


 あゆむは再び腕を組んで唸った。


「それってあゆむのストーカーがいるってこと?」


 千代は息を飲んだ。


「あっはははははは! ないないない!」

「いやいやいや、信一。好みや愛情表現は人それぞれだから……ぷっくく」

「あっひゃっひゃっひゃっひゃ! げほっ! がはっ!」

 

 あゆむが堪らず拳を握りしめる前に、千代が三人にうさぎの跳躍力で飛びかかり、ゲンコツをお見舞いした。


「ぐおおおお」

「ご、ごめんなさい千代姫」

「つむじは痛えよー!」

「まったく、真剣に聞きなさいよね。これはちゃんと調べなきゃ! これはある意味脅威だよ! あゆむの貞操の危機だもん!」


 気合いの入った千代は、一人だけ使命感に燃え上がっていた。


「千代ちゃん?」

「とりあえずは、聞きこみかな。あんたたちも手伝って。あゆむはお尻に気をつけて!」

「ちょ、それどういう意味?」


 実際、千代の胸の内は穏やかではない。


 やり方はどうあれ、あゆむに好意を抱く者がいる。

 それは即ち、恋のライバルに他ならなかった。


「ほら。さっそく、調査開始するよ!」


 痛がる三人と臀部を気にするゴリラを促し、千代たちは聞きこみを開始した。


 昼休みから放課後まで出来る限りの調査を終えた五人は、だれもいなくなった教室で再び集まり、結果を報告し合った。


 千代の報告。


「なんだか最近、二年生があゆむのことを聞いて回ってたらしいの。部活の勧誘とかじゃなくて、アニマが始まる前のことから聞いてたらしくて。しかも女子。怪しくない?」


 信一の報告。


「体育委員に聞いたけどよ。最後に鍵閉めて出たときは、べつにおかしなところはなかったらしいぜ。ただ、最初に教室に戻った谷口の話だと、廊下側の窓の鍵が開けっ放しだったと。体育委員はちゃんと閉めたって言ってるし、なんだかマジできな臭くなってきたな」


 忠の報告。


「あゆむきゅんのほかに、物が頻繁に無くなった人はウチのクラスにはいないみたいだよ。ただ、一学期にA組で、プードルの女子がヌーの男子にストーキングされた事件があったじゃん? 男子は停学になっちゃったけど。その事件も最初はあゆむきゅんと同じことを、被害者の女の子が言ってたみたいなのよね。こりゃあ、本当に危ないかもね」


 義雄の報告。


「あのよ、すげぇ美人の先輩に、早乙女にこれ渡してくれって頼まれたんだけどよ。これってラブレターだよな? 破り棄てていいか?」

「「「「は?」」」」

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