第27話

「あー、もう。何回思い出してもムカつくぅ!」


 通学路を逆走し、繁華街までの道を歩きながら、ミミが空に向かって叫んだ。


 バッグを乱暴に振り回し、連れの三人は当たらないように、一定の距離を取っていた。

 先ほど、すれ違った男性に当たってしまい、中身をぶちまけたばかりだったのだが、おかまいなしだった。


「落ち着きなよ、ミミ。また誘えば来るって」


 古賀がバッグをかいくぐって近づき、ご機嫌を取るような笑顔を向けた。


「ってか、大野たちなんの用だったんだ? まさか、バレたりしてねぇよな?」


 飯田の柴犬の耳が、怯えたように下がった。


「大丈夫だって。あいつら、水谷事件から大人しいじゃねぇか。相手にしてるのは他校の連中ばっかだし、噂があいつらまでいくことはねぇよ」


 上島が、怯える友人の背中を叩いて言った。


「そ、そうだよな。大丈夫だよな」

「だいたい、俺たちが早乙女を騙したって、だれが証明できるんだ? こっちが襲われたとか、金取られたとか、あいつにしか言ってねぇんだぜ? バレやしねぇって」


 上島は悪い笑みを浮かべた。


「だ、だな。にしても、あのゴリラ単純すぎて笑えるよな。正義の味方気取りかよ」


 耳が元に戻った飯田が、笑って言った。


「マジで騙しやすいぜ。ちょっと助けてーって言うだけで、便利なボディガードだもんな。おかげで、今まで俺たちのことを雑魚扱いしたり、バカにしてた連中をボコボコにできて、マジでいいトモダチだぜ」

「思ってもねぇくせに」


 男子二人は声を上げて笑った。


「それに、絶対童貞だよねー。ミミが誘惑したら、デレデレ鼻の下伸ばしてマジで笑えるんですけど」


 古賀も、話に便乗した。


「そうだ。おい、ミミ。あのゴリラ誘えって言ったけどよ、あんまりベタベタすんなよ」


 トカゲの鱗が並んだ指で、上島がミミを指差した。


「なにぃ? 妬いてんのぉ? いいじゃん、好きにしてぇ。ミミ、あんたと付き合ってるわけじゃないしぃ。あゆむくん、かわいいんだもん。いないとつまんなぁい」


 髪の毛をいじりながら、ミミはめんどくさそうに反論した。


「は? なんだよ、お前」

「まぁまぁ。ミミ、最近お気に入りだったもんね。そうだ、あゆむくんの初めてもらってあげたら?」


 不機嫌な上島をよそに、古賀とミミは下ネタで盛り上がった。


「っち! なんだよ」

「落ち着けって。あのゴリラは、最初から利用できるだけ利用するって話だったじゃんか。いいボディガードにして、ムカつく奴らボコして、やばくなったら脅されてたことにして逃げるんだろ? ミミの興味も今だけだって。飽きたら捨てればいいんだから、あいつの前でそんな顔すんなよ?」

「……わかってるよ!」


 上島は唾を吐いて言った。


「もう、そんなにカリカリしないでよぉ。今日はあゆむくんいないんだからぁ、ミミのこと、独り占めしていいよぉ?」


 恥ずかしげも、隠す気もない会話は、周囲に人がいないからこそ繰り広げられていた。


 登校時間を過ぎた通学路には、学友の姿はなく、企業戦士たちも通勤を終えていた。住宅街からも外れ、一件当たりの間隔が遠いコンビニと工事現場しかなく、車もほとんど通らない道には、ミミたち以外の姿はなかった。


 だからこそ、驚きは増した。


 四人の前に、ゴリラが飛来した。


「「うおおっ!」」

「「きゃあ!」」


 男子二人は尻もちをつき、女子二人は悲鳴を上げた。


 ゴリラは、四人の背後をナックルウォークで駆け寄り、猛烈な勢いのまま集団を飛び越え、行く手を塞ぐように着地した。

 しかし、周囲にだれもいないと思っていた四人にとって、ゴリラが空を飛んできたとしか思えず、言葉を失った。


「あ、あゆむくんじゃん!」


 やっとの思いで、ミミが声を上げた。


 空飛ぶゴリラは、たしかに早乙女あゆむに他ならなかった。

 しかし、ミミの声にも反応せず、背を向けたまま荒い息を吐いていた。


「お、驚かすなよ~」

「マジでビビったじゃんか、早乙女~」

「お、追いかけてきてくれたんだ~」

「まってたよ、あゆむくぅん」

「近寄るな」


 ミミがいつもの猫なで声で近づこうとしたとき、重い拒絶が反射のように発せられた。


「え? な、なんで?」


 驚き足を止め、ミミは震える声で言った。


 ゆっくりと振り向いたあゆむの顔は、普段の優しさなど消えてしまっていた。

 怒らせてはいけない凶暴な獣が、敵意を剝き出しにして立っていた。


「ど、どうしたんだよ。早乙女」

「そ、そうだよ。なにかあったの?」

「お、大野たちに、なにか言われたのか?」

「ミミたち、あゆむくんになにかしたぁ? ねぇ、教えて? ミミたちぃ、友達でしょぉ?」


 あゆむは今にも飛びかかりそうな顔つきのまま、ポケットから通話中の携帯電話を取り出し、冷たく言った。


「友達? 思ってもないくせに」

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