第26話

 信一たちと共に、あゆむは学校への並木道を歩いていた。

 振り返ってもミミたちの姿はなく、あの四人はそのまま遊びに行ったようだった。


「おう。悪かったな、無理やり呼び止めて」

「信じてたぜ、早乙女っ」

「ちょっとややこしくなるから、義雄は黙ってて」


 涙目の義雄を、忠が苦笑いで落ち着かせた。


「ね、ねぇ。千代ちゃん、本当に泣いてたの? ぼ、僕は」

「あぁ、泣いてたよ。ねぇ、あゆむきゅん。唐突だけど、あゆむきゅんにとって、千代姫って大切な存在だよね?」

「う、うん」


 唐突な忠の追及に、あゆむは戸惑いながらも認めた。


「そっかそっか。じゃあさ、さっき自分がしてたこと、客観的に考えてみてよ。あ、おれらは千代姫から話は聞いてるから」

「……うん」


 沈黙のまま四人は歩を進め続けた。


「僕は……支倉さんのために頭を撫でただけなんだ。もし、昨日のことも言ってるなら、それは困った人を助けたいからで。僕は千代ちゃんを傷つけるようなことなんて……」


 あゆむは泣きそうになりながら、震えた声で言った。


「ねぇ、本当に理由わからない?」


 朝日に雲が重なり、四人は薄い影に包まれた。


「う、うん」

「よく思い返してみて」

「……わからないよ。僕と支倉さんとのなにかが気に障ったんだとは思うんだけど」


 一時の間、あゆむは考えてみたが明確な答えは出て来なかった。


「そっかそっか」


 穏やかだった忠の声から、怒りが顔を出した。


「この馬鹿野郎!」


 次の瞬間、あゆむの右頬に衝撃が走り、そのまま倒れた。

 忠が飛び上がり、あゆむを殴り飛ばしたのだ。


「え、な」


 身長で劣る忠に見下ろされながら、あゆむはなにも言えずにいた。


 いつも仲裁に回ることが多い忠が、ここまで怒りをあらわにするのは珍しいことだった。現に、幼馴染である信一と義雄も、目を丸くして驚いていた。


「本当にあの子のことを大事に思ってるなら、もっとあの子のことを見てやれよ! 攫われて、傷ついて、絶望的だった状況で思ってたのはだれのことだった? お前だって、あの子のことが大切だから、乗りこんできたんじゃないのかよ」


 忠は、あゆむの胸ぐらを掴み、怒鳴り続けた。


「そこまで信頼し合ってた相手のことが、わからなくなったらどうする? もし千代姫が、見るからに怪しい奴とベタベタしてたら、そのまま受け入れられるか? この際言っとくけど、男が女の子の頭撫でるとか普通じゃないからな! ある程度好意がないとしないし、させないことだから! 見てたのがおれでもびっくりするわ」


 あゆむは頭から血の気が引いていくのを感じていた。

 なのに、殴られたところが嫌に熱く、痛かった。


「そんな……僕は」

「ふざけんな馬鹿ゴリラ! いいか? 千代姫はな……」

「忠、そのへんにしといてやれ」


 信一が近づき、忠の背中を叩いた。


「……うん。ごめん、言い過ぎた」

「いや……支倉さんたちとの付き合いで、浮かれてたのは事実だよ。それで、千代ちゃんを傷つけたら、意味がない。ありがとう、新島くん。大事なことに気づかせてくれて」


 あゆむは流れてきた涙を拭こうともせず立ち上がり、忠と握手を交わした。


「まぁ、彼女でもない女と目の前で急にイチャつかれたら、流石に引くわな。そりゃ、ヤキモチとか通り越して悲しくなるわ」

「……そ、そういうことだよね、うん」


 義雄が、今までのやり取りを自分の中で整理するために呟いたのだが、あゆむの心をさらに殴りつけた。


「……お前、容赦ねぇな」

「追い打ちかけんなよ」

「なにが?」


 思わずあゆむが吹き出し、先ほどまでの剣幕は四人の笑い声と共に消えた。


「本当にありがとう、三人とも。じゃあ、はやく千代ちゃんを追いかけないと」

「まぁ、待てよ」


 いざ走り出そうとしたあゆむを、信一が止めた。


「実はな、野山のこともそうだが、別の用があるんだよ」

「え、なに?」


 あゆむとしては、一刻もはやく千代の下へ向かいたかったのだが、信一の真剣な眼差しが体を止めた。


「ま、とりあえずだ。さっきの奴らを追うぞ」

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