第28話

あゆむがミミたちに追いつく十分ほど前、あゆむは信一たちと繁華街への道を走っていた。


「ねぇ、なんで支倉さんたちを追っかけるの?」


 走りながら、あゆむは信一に聞いた。

 あのあと、有無を言わさず背中を押され、言われるがまま足を動かしていた。


「この件に関してな、いろいろあるんだよ。それを教えてやる」

「いろいろって?」

「それはこれからのお楽しみ……いや、楽しくはないだろうけど。とりあえず、おれたちを信じて」


 笑った顔をすぐに曇らせた忠が、あゆむのとなりで言った。


「おい! はやくしろよ! 遅いぞ、お前ら!」


 全力疾走で駆け出した義雄が、五メートルほど先で叫んだ。


「お前がはやいんだよ! ペース考えろ!」

「あ! 義雄ストップ! その人!」


 一人で突っ走っていた義雄を、忠が慌てて止めた。


 視線の先には、路上駐車した黒いワゴン車の前に立つ男の姿があった。


「お、来たね。待ってたよ」


 男はあゆむたちが近づくと、軽く手を上げて笑った。


 男は黒いジャケットとパンツを着こなし、サングラスをしていた。

 ボサボサの髪はだらしない印象を与えたが、口調はどこか飄々として掴みどころがなかった。指が長く、先には吸盤があり、アマガエルのアニマであることが見てとれた。


「お世話になります」

「えっと、だれだ?」


 忠は知り合いのようだったが、信一たちも初対面のようだった。


「はじめまして。ぼくは、忠くんの母方の親戚で、探偵をやってる織部おりべっておっさんだよ。ま、ぼくのことなんかより、頼まれてたもの、うまく仕こめたよ。あとはバレる前に尻尾が出ることを祈るだけだね」


 そう言うと、カエルの探偵は携帯電話を取り出した。

 電話は通話中になっており、音量を上げるとミミたちの声がした。


「え! これって」

「さっき、女の子とぶつかっちゃってね。荷物が散乱したんだけど、そのときぼくの予備端末がいっしょに混ざっちゃったみたい。たいへんだー」


 織部は棒読みで語り、愉快そうに笑った。


「さ、あとは車で追いかけよう。乗って乗って」


 あゆむたちは言われるがまま車に乗りこみ、聞こえる会話に耳をすませた。


「これを聞いてたらいいの? なんか盗聴してるみたいなんだけど」

「みたいっていうか、盗聴だけどな。ま、聞いとけよ」


 あゆむたちは、ミミたちにバレないよう、小声で話をしていた。


「信一、あっちはどうなってるの?」

「あぁ、大丈夫だ。いつでも動ける」


 なにがなんだかわからないまま、あゆむは信一たちとミミ、二つの会話を聞いていた。


『だいたい、俺たちが早乙女を騙したって、だれが証明できるんだ?』


 時間が止まったように思えた。


 あゆむは端末を握りしめ、凝視し、聞こえる声を聞き逃すまいとした。


『あのゴリラ、単純すぎて笑えるよな』

『マジで騙しやすいぜ』

『マジで笑えるんですけど』


 聞こえる会話に体が震え、体が燃えるようだった。


 騙されていた怒り。

 利用された怒り。

 馬鹿にされた怒り。

 善意を踏みにじられた怒り。


 煮えたぎるそれらを大きな悲しみが包み、涙となって流れた。


「早乙女……」


 信一が、背中に手を置いた。

 続けて聞こえる内容も、聞くに堪えないものだった。


「あ、見えたよ」


 運転席の織部が声を上げた。


 あゆむが窓から顔を出すと、前方に見慣れた一団の姿があった。

 すると、あゆむは携帯をポケットに入れ、走行中の車のドアを開けた。


「お、おい!」

「こらこら! 危ないよ少年」


 周りの声も聞かず、あゆむは車から飛び降りた。

 そして、そのままの勢いで走り出し、驚異的なジャンプ力を見せたのだった。

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