第29話
「ひどいよ! 盗み聞きしてたの?」
あゆむから事の顛末を聞いたミミが、バッグから織部の予備端末を取り出し、叩きつけて叫んだ。
入れられていたのは子供用の通話端末で、見た目もおもちゃのようだった。
「うん、ひどいね。でも、それは僕だけじゃないよね。きみたちも、十分ひどいんじゃないかな」
冷たい風のようなあゆむの声に、古賀は身震いをした。
「さ、さっきの話か? わかった、正直に言うよ。聞いてくれ、早乙女」
上島が、引きつった表情で口を開いた。
「お、おい。お前、なにを」
「大野たちに言わされたんだ!」
思いがけない返答に、その場にいた全員が目を丸くした。
「はめられたんだ! あいつら、お前の強さを利用して、水谷に代わる勢力を作ろうとしてたんだ! そして、俺たちにお前を戦わせる役をやらせて、やばくなったら責任を押し付ける腹だったんだよ! お前になにを言ったのかわからんが、ハイエナってのはずるくて汚いんだ。頼む、信じてくれ!」
悲痛な叫びが響き渡り、上島はすがるような目をあゆむに向けていた。
「そ、そうなんだよ。早乙女!」
怯える飯田も、演説に便乗した。
「そうそう! 私たち、はめられたんだよ!」
古賀も目を潤ませて言った。
「あゆむくぅん、おねがい。ミミたちをたすけてぇ?」
ミミはとびきりの甘え声で、助けを求めた。
「……お前ら、本人の前でよくそんなこと言えたな」
そんな彼らの背後に、信一たちが呆れた表情で立っていた。
「いやぁ、白々しいにもほどがあるでしょ」
「なめてんのか、こら」
「あ、おじさんは関係ないからねー」
道路脇に停まった車から織部が顔を出し、あとはお任せといったように窓を閉めた。
「お、大野……だ、騙されるな早乙女! 嘘を言ってるのはこいつらだ!」
上島は、あゆむと信一を交互に見ながら、唾を撒き散らして叫んだ。
「いや、お前すげぇな。この期に及んで、そんなのが通用すると思ってんのか?」
「うるさい! どっちが本当か判断するのは早乙女だ。俺たちは、お前らに脅されたんだ!」
上島は騒ぎながら、仲間に目配せをした。
たしかに勝ち目の薄い賭けだったが、あゆむは情に訴えれば自分たちの味方になると思っていた。特に、ミミからの嘆願には弱いだろうと踏んでいた。
必要ならば、過剰な色仕掛けもさせ、なんとかこの場を切り抜けようとしていた。
「そうだ、津川! お前に殴られたの忘れてねぇぞ!」
「え、いつだよ」
飯田が、裏返った声で義雄に吠えた。
「新島くん、あのときのセクハラ一生恨むから!」
「うそ。おはようって挨拶が?」
古賀が、涙ながらに忠に叫んだ。
「あゆむくん……おねがい、ミミたちをしんじてぇ」
「……」
弱々しい足取りで近づき、ミミはあゆむに体を預けた。
あゆむはなにも言わず、頭を撫でることもせず、冷たい眼差しで小さな体を見下ろしていた。
「おねがい、たすけてぇ。あいつらがいってること、ぜんぶうそなのぉ。ねぇ、あゆむくん。ミミ、あゆむくんになら、なにされてもいぃ。もし、ミミがいってることがうそだったらぁ、ミミのことぉ、すきにしちゃってもいいからぁ。ね? ここまでいってるんだよぉ。しんじてよぉ」
ミミはか細い声で、まるで瀕死の子猫のように、あゆむにすがった。
「おーい、なんか面白いことになってんな。こっちにまで声が聞こえたぜ」
そのとき、声がした。
あゆむが振り返ると、十人ほどの男たちが、ぞろぞろとこちらへ歩いてきていた。
声を発した先頭を歩く少年は、バイソンの角を生やしており、あゆむが先日ストーカーと婦女暴行の犯人として撃退した寺田だった。
「きみは……あっ!」
よく見ると、うしろに続く男たちは全員、あゆむがミミたちを守るために手を出した者だった。
ひったくりや中学時代からのいじめっ子など理由は様々だったが、すべて友達に害をなす悪人として成敗した者たちだった。
「な、なんで、こいつら」
上島は声が裏返り、他の者たちも身動きが取れなくなった。
ミミは震えて「いや……いや……」と小さく繰り返していた。
「大野たちといっしょに、ここ最近ゴリラにやられた連中探して、片っ端から理由聞いて回ったんだよ。そしたらすげぇな。百パーセントお前らが絡んでんじゃねぇか」
寺田が松葉杖の先端を、上島に向けて言った。
「おい、ゴリラ。俺のときもそうだったが、お前、俺たちがその女乱暴しようとしただの、水谷たちと同じだの言ってたな。そりゃなんでだ?」
松葉杖とよく通る声が、今度はあゆむに向けられた。
「それは……支倉さんたちにそう聞いたから。きみたちが、ひどいことをしているって」
「してねぇよ、馬鹿! 全部そいつらのデタラメなんだよ!」
うしろで睨んでいた男たちの罵声が飛んだ。
「俺は貸してた金返せって言っただけだ! 盗みなんてしてねぇよ!」
「こっちは、あの柴犬野郎に弟が殴られたから謝れって言ってただけだ! なんで俺が手ぇ出したことになってんだよ!」
怒号が飛ぶ中、大人しそうな猫耳の少年があゆむに近づいた。
「ぼくの彼女が、その女の子たちに中学時代いじめられてたんだ。この前、デート中にたまたま会ってからかってきたから、もう二度としないでくれって頼んだんだよ。そしたら、翌日きみに殴られた。きみが「女の子に乱暴する奴は許さない」って言ってたから、騙されてるんだろうと思ったよ。でも、殴られたあと、本当のことを言ったらゴリラが彼女を襲うって、そいつらに脅されたんだ。なぁ。そんなに強いなら、拳を向ける相手を間違えないでくれよ」
「あ……あぁ……」
あゆむの心に、今まで感じたことのない罪悪感と後悔が、重く重くのしかかった。
あゆむはミミを押しのけ、その重圧に潰されるように膝をつき、土下座をした。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい! 本当にごめんなさい!」
子どものように泣き、涙と鼻水を流したまま、あゆむはコンクリートに額をつけて叫んだ。
「い、いや、そこまでしなくても。きみも騙されてたんだろう?」
猫耳の少年はおどおどしながら、あゆむの背中をさすった。
「まぁ、けじめのつけ方はあとで考えるとしてよ。ゴリラ、これでどっちが本当のこと言ってるか、ハッキリしたんじゃねぇのか?」
寺田の言葉に、あゆむはゆっくりと立ち上がった。
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