第5話

「えー、じゃあ、この問題を……早乙女。解いてみろ」

「はい!」


 学校に現れたゴリラの存在は一年はもちろん、学校中の話題になっていた。

 休み時間には一目見ようと多くの生徒が押しかけ、悲鳴と驚きの声が入り混じっていた。


 そして、当の本人はやる気と自信に満ち、楽しくて仕方がなかった。


 まるで世界が変わったように思えた。


 黒板を消すのも、一番上まで自分で消すことができるし、他の男子が必死になっても開かなかった水筒の蓋を、軽々と開けることだってできた。

 学校に来ることで、あゆむはゴリラの体に無限の可能性を感じていた。


「うむ。正解だ。座りなさい」

「はい。うわ!」


 しかし、慣れない体にはアクシデントがついてきた。


 数学の問題をきっちりと答えたあゆむが座ると、それまで耐えていた椅子が限界を迎え、木と鉄の残骸と化した。

 正直、あゆむ自身もお尻が痛く窮屈さを感じていたところだったが、無残にも壊れた姿を見ると、無理を強いた椅子に対して罪悪感が湧いてきた。


「いててて。あぁ、ごめんね。僕のせいで壊れちゃった」

「うーん、それじゃあ授業にならんな。仕方ない、他の者はしばらく自習。早乙女、とりあえず耐えられる椅子を探すから、いっしょに来なさい」

「は、はい」


 教室の授業でもこんな感じだったのだが、一番大変だったのは体育の授業だった。


「よ、よーし。今日はソフトボールやるぞ」


 体育教師の松枝は、まだあゆむの外見に慣れていないらしく、わざとらしく目を逸らしていた。


 だが、嫌でも注目してしまう出来事が起きた。


 今まで、お情けの代打と代走くらいしかやったことのなかったあゆむだが、この日は初めてスタメンで出してもらえた。

 反対する者はだれもいなかった。皆、ゴリラの身体能力が気になっていたのだ。


 そして、それは予想を遥かに超えていた。


 あゆむはライトを守っていた。

 飛んできたフライをビビって落としてしまったが、そのあと投げたボールは凄まじいスピードでキャッチャーの頬をかすめた。

その結果、走者はもちろん味方を含めた全員の動きを止めた。

 また、打撃では轟音凄まじい空振りもしたが、当たったボールは漏れなく彼方へと消えた。

 本気になったソフトボール部が投げることでやっと抑えることができたが、せっかくのスタメンはパワーバランスの崩壊を招くという理由で、二打席で交代となってしまった。


 しかし、あゆむは生まれて初めて運動で活躍できたことがうれしかった。


 同級生たちからの羨望の眼差しは凄まじく、松枝もあゆむの体育の成績を見直すことを決めていた。


 あっという間に時間は過ぎ、昼休みとなった。


「早乙女、食べ終わったら腕相撲しようぜ!」

「なぁ、やっぱりバナナが食べたくなったりするのか?」


 未だ混乱する者はいたが、あゆむの周りには必然的に人だかりができた。


 その多くが男子生徒で、今まで女子といっしょにいることが多かったあゆむには、新鮮だった。


 合間で食事をしながら、あゆむは次々に投げかけられる質問に答えた。

 持参した弁当箱は、ゴリラになる前から愛用していた小振りのもので、巨体とのギャップに吹き出す者もいた。


「なぁ、谷口。おまえ、もう大丈夫なのか?」

「あぁ。それがな、運ばれてる間に目が覚めたんだが」

「どうした?」

「早乙女が、俺を抱えたままずっと心配して、優しく話しかけてくれて。ゴリラになっても、早乙女は早乙女なんだなって感じたよ。それでいて、抱えてくれる腕は……すっごく太くてたくましかった」

「いろいろ手遅れってことはわかった」

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