第6話
あまりの反響の多さに、一番驚いていたのはあゆむ本人だった。
多少の戸惑いはあったが、まるで生まれ変わったようだと現状を楽しんでいた。
腰かける椅子は特殊合金製のものに変わり、笑顔ほころぶ巨体を支えていた。
「なぁ、今日の放課後バスケ部の見学に来ないか?」
「おい、ズルいぞ! 早乙女、いっしょに甲子園目指そうぜ!」
「砲丸投げなら、おまえは全国に行ける! ぜひ陸上部に!」
あゆむは感動して泣きそうだった。
今まで、体育の授業ですら戦力外だったあゆむは、身体能力を認められたことなどなかった。そんな彼にとって運動部は、憧れつつも別世界の話でしかなかった。それが今や、様々な部活動からスカウトされている。
あゆむは人知れず足をつねり、今が夢でないことを確かめた。
「みんな、おっはよー!」
明るく弾けるような声がB組に響いた。
声の主は
うさぎの一種であるネザーランド・ドワーフのアニマで、頭部にはミルクティー色の耳が伸びており、毛髪も同じ色をしていた。足にも同じ色の毛が生えており、うさぎの脚力を備えている。
現に今も、その力を発揮して教室に元気よく飛びこんできたところだった。
表裏のない明るい性格と発育の良い体つきで、男女から好かれる存在。
かつてのあゆむがマスコットなら、彼女はクラスのアイドルだった。
「おはようって。もうお昼だよ、千代」
「えへへ、そっか。ってゴリラがいる!」
この日一番の驚きを共有するため、囲んでいた友人たちはスペースを空け、千代からあゆむがよく見えるように配慮した。
「あははは、おはよう……じゃ、ないのかな。こんにちは、野山さん。早乙女だよ」
あゆむはぎこちなく挨拶をした。
「えええ! あゆむ?」
並んだ机とクラスメイトを飛び越え、千代はあゆむの前に着地した。
「すっごいじゃん! やっとアニマが来たんだね、おめでとう! うわぁ、ホントにゴリラだね! 腕とかすごく太いし、なにか部活に入ってもいいんじゃない? やったじゃん! あゆむがやりたかったことが、たくさんできるよ!」
千代はあゆむの手を握って満面の笑み浮かべ、まるで自分のことのように喜んだ。
今までのだれとも違う反応に、あゆむは目を丸くして驚いた。
「え、えっと。野山さんは、怖かったりしないの? 今までの僕と全然違うし、ゴリラなんだよ?」
「なに言ってるの? アニマなんて人それぞれなんだし、あゆむはあゆむじゃない。ゴリラになったからって、あゆむを怖いとか思わないよ。だって、わたしたち幼馴染でしょ」
あゆむは目の前の優しい笑顔を、本当に眩しく感じた。
「強いて言うなら不満がひとつ。これを機に、昔みたいに千代ちゃんって呼んでくれてもいいんじゃない?」
クラス中がときめく瞳が上目づかいで近づいた。
千代が言った通り、二人は保育園からの幼馴染だった。
お互いのことをよく知っている間柄だったが、中学に入るとあゆむはなんだか気恥ずかしくなり、千代の呼び方を変えた。
一方、千代はなにも気にすることはなく、幼少期の呼び方を続けている。
「う……そ、そうだね。考えとくよ。それより、怪我の具合はどう?」
あゆむは明言を避け、話題を変えた。
「あ、逃げたな? 大丈夫。もうすっかり治ったし、今日の検査で終わりだよ。ありがとう、心配してくれて」
千代は入学早々に、階段から落ちそうになった同級生を助けるために下敷きになり、そのとき左腕の骨を折る怪我を負った。
千代の登校が昼休みになったのも、その怪我で通院をしていたからで、一年B組の生徒は皆、そのことを承知している。
なんで飛び出したのかと聞かれた千代は「気づいたら動いてた」と笑いながら言った。
そんな真っ直ぐなところも、彼女が好かれる理由のひとつだった。
「そうだ! ウチのお母さんたちにも見せに来てよ」
「え? い、いいけど、絶対に驚くよ……」
「あははは! 大丈夫。びっくりはするだろうけど、お母さんも喜ぶよ。じゃ、ごめんねお昼の邪魔して」
千代はうさ耳をピンと伸ばして自分の席に向かった。
ブラウスとスカートの間から、小さな尻尾が顔を出していた。
「あ、そうだ」
千代がくるりと振り返り、あゆむを見つめた。
「よ・び・か・た。期待してるからね」
繰り出されたウインクはあゆむに向けられたものだったが、周囲に群がっていた男子の心も射止めることになった。
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