朝起きたらゴリラになってました。〜不良も倒すし好きな人も助けるしゴリラ最高です!〜

末野ユウ

第1話

 午後十一時。

 一人の少年が枕を濡らしていた。


 少年の体は華奢で、中性的な顔立ちをしていた。

 大きな瞳と長いまつ毛。さらりとした髪と、変声期を迎えてもさほど変わらなかった声もあり、少女と間違われることが多かった。


 ある者はそれを羨ましいと言ったが、言われた本人はあまりうれしくなかった。


 それが原因で、今日も嫌な思いをしたのだから。


「おら、さっさと出せよ」


 昼間言われたドスの効いた声が蘇る。

 クラスの不良に、体育館裏で金を要求されたときだ。


「も、もう勘弁してよ。これ以上は……」


 それに対して、自分は声が掠れて体は震え、汚れた壁に身を預けていた。


「ああ? 先週てめぇが言ったよな? 五万持ってくるって」

「おれたちはさ、前から言ってんじゃん。借りるだけだって。絶対返すからさ」


 制服を着崩した派手な見た目の三人に囲まれ、少年は完全に委縮していた。


 この三人への金銭のやり取りは、これが初めてじゃない。これで五回目。さらに今回は、今までで最も高額を要求されていた。


「で、でも、これはお母さんの誕生日プレゼントを……」


 少年は、一週間前の自分を呪った。

 恐怖のあまり、母親のために貯めていた貯金のことを、うっかり喋ってしまったのだ。


 ただ、その場しのぎのために。


 悔しさと恐怖で、少年は歯を食いしばった。


「あ? なんだって? はっきり言えやこら!」


 一人が力任せに壁を蹴り、驚いた少年は体を弾ませた。


「なぁ、お前が言ったんだろ? 五万貸してくれるって。俺たちも金が必要なんだよ。だからお前のこと当てにしてたんだ。それなのに、今更嫌とか言われても困るんだよなぁ」


 リーダー格の男がどこか優し気な口調に変わりつつも、壁に追い詰め、吐く息が当たるほど顔を近づけてきた。


 それだけで、少年は恐怖に支配された。


「わ、わかりました。か、貸します……」


 少年は財布から、要求された金額を渡した。


「チッ、最初から出せよ」

「まぁまぁ、出してくれたんだからいいじゃん」

「悪いな。んじゃあ、借りていくわ。いつ返せるかは、わからねぇけど」


 満足気に去って行く三人の背中を、少年は涙越しに見ていることしかできなかった。


「どうして……僕だけこんな」


 自分だって男なのに、どうしてこんなに弱いのだろう。

 他のみんなにはあって、どうして僕には


 彼も、幼い頃はヒーローに憧れた。

 強くて、カッコいいヒーローに。

 でも、お世辞にも運動は得意と言えず、病気がちで体も弱かった。


「力が、欲しい」


 少年は自分にしか聞こえない声で呟いた。


 それは十五年の人生で、毎日のように抱いている願いだった。


 溢れた悔しさを涙で流し切ったころ、少年は深い眠りについた。

 

 

 翌朝、少年は目を覚ました。


 なんだか体が重たかった。


 布団も小さく、ベッドも狭く感じた。


「……風邪かな」


 暗い気持ちに襲われながら、眠い目を擦ろうとした。

 が、その手は顔に触れる前に止まった。


 紛れもなく自分の腕であるはずのそれは、生まれて初めて見るものだった。


 細く小枝のようだと言われた腕は立派な筋肉が盛り上がり、丸太のように太かった。

 さらに黒い毛に覆われ、肌の露出した手のひらは分厚く、濃い灰色をしていた。

 

 少年は言葉を失いつつも、慌てて跳び起きた。

 その際、長年連れ添ったベッドが聞いたことのない悲鳴を上げたが、気にしている余裕はなかった。


 少年は、恐る恐る姿見の前に立った。


 そこに映ったのは華奢な少年の姿ではなく。


 黒い体毛に覆われた体長一八〇センチの巨体。

 

 筋骨隆々で、ヒトに近いがヒトではないもの。


 ゴリラの姿がそこにあった。

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