第12話
「……の、野山さん」
三時間後。
あゆむの両手は完全に塞がったが、千代のショッピングは止まる気配がなかった。
もちろん、ちゃんとあゆむの服も買ったし、様々な服を試着する千代を見るのは、あゆむにとって目の保養でしかなかった。しかしそれでも、それなりの疲労感を感じていた。
「あらら、もうこんなに買っちゃってたか。ごめんね、あゆむ。ちょっと甘いものでも食べて、休憩しよ」
「そうしようそうしよう」
二人は近くのカフェに入り、千代はストロベリーパフェを。
あゆむはモンブランのセットを頼んだ。
(ゴリラだ……)
(ゴリラとうさ耳美少女がスイーツ食べてる)
客と従業員の視線を感じつつも、二人は口に広がる甘味に癒された。
「いやー、二人でいろいろ買ったねぇ」
「うん。今まで選んでたような服がこの体のサイズだと無かったから、野山さんがいっしょに選んでくれて助かったよ」
「そういえば、今までレディース着てたもんね。ビッグサイズだと、なかなか同じデザインはないもんね~」
緊張もだいぶ和らぎ、二人の間には幼馴染の気心知れた空気が戻っていた。
「そういえば気になってたんだけど、野山さん、こんな街中に来てうるさくないの? うさぎの耳って、かなり聴力あるんじゃない?」
あゆむがコーヒーを飲んで言った。
「あぁ、それは大丈夫。ほら、わたし人間の耳もあるでしょ? 自分でどっちを使うか感覚を切り替えられるの。今は人間の耳を使ってるから平気。そうじゃない人は、抑制機を付けるらしいよ。補聴器みたいなやつ」
「へぇ。そうなんだ」
「医者からも珍しいって言われたよ。まぁ、ゴリラの変身には負けるだろうけど」
二人だけの時間は、あまりに心地よく、そしてあっという間に流れていった。
気がつくと窓の外は薄暗く、店を出た二人をひんやりとした風が撫でた。
「ちょっと肌寒くなってきたねぇ」
「もう十月だもんね」
二人は人ごみを抜け、街灯が照らす道を和やかに歩いた。
「ん?」
先日立ち寄った公園の前で、あゆむのスマホが鳴った。
「ごめん、ちょっと出ていい?」
「うん。そこのベンチに荷物置こうよ」
両手を自由にしたあゆむが画面を確認すると、不思議なことが起きていた。
着信は、目の前にいる千代からのものだったのだ。
「あれ、野山さん。スマホは?」
「え? あれ? ない!」
手荷物まで確認した千代は、悲痛な表情を浮かべた。
「じゃあ、もしかして拾ってくれた人からかな?」
一度切れた着信に、あゆむは電話をかけなおした。
「もしもし」
「あ、もしもし。わたくし、先程ご来店いただいたカフェの者ですが。お連れ様がこちらをお忘れになったみたいでして、失礼ながらお電話をさせていただきました」
「そうなんですね、ありがとうございます。すいません、今から取りに行きます」
あゆむは、電話の内容を千代に説明した。
「よかったー、変な人に拾われないで。ごめん、あゆむ。取りに戻ってもいい?」
「もちろん」
「よし、すぐ行こう!」
荷物を持った千代は、うさぎの脚力で走り出した。
「ま、待ってよ!」
すぐさまあとを追おうとしたあゆむだったが、あっという間に千代との距離は開いていた。
ふと、あゆむの頭に疑問が浮かんだ。
なぜ店の人は、親も登録された番号の中から、自分にかけてきたのだろう。
そして、なぜいっしょにいた自分が『あゆむ』であると知っていたのだろう。
「ちょっと待って! なんか変……」
「もう、はやく行くよ、あゆむ!」
千代は振り返り、あゆむに向かって叫んだ。
そして、次の瞬間。
千代は車の中に押しこまれ、攫われた。
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