第35話

「おい、待てって」


 あゆむが音楽室に着いた同時刻。

 足早に進む千代を、信一たち三人が追いかけていた。


「はやくしてよ」


 振り返らないまま、千代は言った。


 偉そうなことを言っても、あの続きを見たくも知りたくもない。


 千代は怖かった。


 あゆむがだれかのものになってしまうことが。

 自分が踏み出せない一歩を踏み出した、勇気あるだれかの姿を見ることが。


「……オレ、見に行こうかな」


 呟いた義雄の言葉に、流れそうな涙を堪えていた千代は、急ブレーキをかけたように立ち止まった。


「はぁ? あんた、なに言ってんの?」

「そうだな、俺も行くわ」

「んじゃ、おれも~」


 信一と忠も便乗し、たった今歩いてきた道を引き返そうとした。


「ちょ、ちょっと待って! なんで戻るのよ? 隠れて見に行ったりしたら、相手の先輩がかわいそうでしょ!」


 千代は慌てて三人を止めた。


「うーん、それはそうなんだけどよ……」

「おかしいと思わねぇか?」


 言葉が続かない義雄に代わって、信一が口を開いた。


「おかしいってなにが?」

「元々、早乙女にストーカーみたいなことをしてるやつがいるって話だっただろ? その犯人が義雄に手紙を渡した先輩だって証拠はねぇ」

「そうだけど……」

「それに、なんで義雄に渡すようにお願いしたのかも、謎だよね。体育の授業中に教室に忍びこんだり、物を盗むような人が、そんなにまわりくどいことするかな」


 忠も続いて疑問を口にした。


「どういうこと?」

「たぶん、ストーカーと手紙の人は別人だ。ってことは、ストーカーは今も早乙女のことを見てるってことだろ。そんな奴が、告白シーンなんて見たら、どう思う?」


 千代は、ハッと弾かれたように顔を上げた。


「あゆむと、その先輩が危ない?」

「その危険があるってことだ。相手の先輩には悪いが、見過ごすよりも野次馬のほうがいい……ったく、やっと話を聞いてくれたな」

「……ごめんなさい」


 千代はうつむき、消えそうな声で謝った。


「で、千代姫はどうする? おれらといっしょに来る?」


 忠の問いに、千代は自分の頬を叩き、気合いを入れて前を見た。


「うん! わたしも、いっしょに行く!」


 千代は戻っても、野次馬として告白を覗こうとは思っていなかった。


 自分にはできないことをしたその勇気を守るため、あゆむの青春を守るために行動しようと思っていた。それが、自分の願いから外れることだったとしても。


 好きな人といっしょになる前に、好きな人に誇れる自分でいたい。

 そんな気持ちからの決意だった。


「お前ら、そんなこと考えてたんだな。オレはただ気になってしょうがねぇから、戻ろうとしただけなんだけどよ」

「……急ぐぞ」


 感心して口を開ける義雄には目もくれず、千代たちは走り出した。

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