第18話
「……勝った」
「マジ?」
「ははは、すげぇ」
信一たち三人は、驚嘆と歓喜の声を上げた。
しかし、当のあゆむは力尽きたように倒れてしまった。
「あゆむ!」
千代が涙を浮かべたまま縛られた体で地面を這い、あゆむのもとへ急いだ。
「ま、待て、野山。ロープを切ってやる」
苦痛が耐えない肉体に鞭打って、信一たちが千代に近づいた。
「……ありがと」
信一が爪で手足のロープを切ると、千代は小さくお礼を言った。
「礼なんてもらえる立場じゃねぇ。それより、あいつのところに行ってやってくれ」
千代は痛む腹部を押さえながら、あゆむのところへ行き声をかけた。
「あゆむ! あゆむ! 大丈夫? ねぇ、あゆむ!」
「……ち、よ……ちゃん?」
辛うじて開いた目には、優しい光が戻っていた。
「よかった……もう起きないかと思った。もう、今までのあゆむじゃないのかと思ったよ」
「なんの……こと? それより、あいつらは? ひどいこと、されてない?」
「覚えてないの?」
千代の問いかけに、あゆむは首をかしげた。
「みんな、倒してくれたんだよ。助けてくれたの」
「え、だれが? 大野くんたち?」
「わたしのヒーローが」
あゆむは目を丸くした。
「僕?」
千代は頷いて答えた。
「そっか。ゴリラの闘争本能ってやつなのかな? だとしても、やっと、約束が守れたよ。覚えてる? 小さい頃、千代ちゃんのことを守るって言ったの」
今度は千代が目を丸くした。
「覚えててくれたんだ」
「もちろん。小学生の頃、千代ちゃん周りのみんなよりアニマが来るの早くて、男子にからかわれて。そのとき、言ったんだ。僕がきみを守るって。ははは、我ながら恥ずかしいこと言ったと思うけど、ゴリラになって初めて守れたよ」
「ううん。違うよ。あゆむはいつも、わたしのそばにいてくれた。中学に入って、ちょっと距離はできたけど、だれよりも近くでわたしのことを見てくれてたのは、あゆむだもん。ずっと、わたしのことを守ってくれてたんだよ」
千代の目からこぼれた涙が、あゆむの頬に落ちた。
「ありがとう」
心も体も傷つきながら、涙を流して微笑みかける千代が、あゆむはとても愛おしく思えた。
幼い頃から変わらなかった想いが、一層強まった気がした。
「ねぇ、あゆむ」
「うん?」
「呼び方、やっと戻してくれたね」
言われて気づいたあゆむは、恥ずかしさで顔が熱くなるのを感じた。
「え! い、いや、これは、その」
「いいじゃん。ほら、もう一回呼んで!」
「う、うぅ……」
「あー、盛り上がってるとこ悪いんだが、ちょっといいか?」
信一が気まずそうに声をかけた。
恥ずかしさに悶えていたあゆむにとっては、むしろ有難いタイミングだった。
「すまなかった!」
三人は、本日二度目の土下座をした。
今度は、心からの謝罪がこめられた誠意あるものだった。
「俺たちのせいで、二人を巻きこんじまった。怪我もさせて、野山には怖い思いもさせた。なにを言われても、なにをされても文句は言えねぇ。許してくれとは言わないが、俺たちにできることなら、なんでもする!」
「本当にごめん!」
「殴ってくれたってかまわねぇ!」
そんな三人に対して、先に口を開いたのは千代だった。
「わたしは、今回の件であんたたちを責めたり憎んだりすることはないよ。全部聞いてたけど、あんたたちも被害者みたいだし。でも、あゆむにはちゃんと謝って」
信一たちに向けられた千代の視線は、冷ややかなものだった。
「えっと、僕は……僕こそ謝らなきゃって思ってて。僕が余計なことを」
「いや、それもこっちに落ち度がある。お前は悪くねぇ。謝るべきなのは俺たちだけなんだ。なんかけじめをつけねぇと、こっちの気が済まない。なにか俺たちにできる謝罪があるなら、言ってくれ。ないなら、ずっと責めてくれてたってかまわない。それだけのことをしたんだ」
「う、うーん。なら……ぼ、く……は」
突然、あゆむは強烈な眠気に襲われた。
瞼が重く、体も動かない。
声を出そうにも上手くいかず、なにも考えることができなかった。
「あゆむ? しっかりして!」
「お、おい、早乙女!」
「どうしたんだよ、おい!」
「救急車! とにかく救急車!」
四人の声も水の中のように曖昧に聞こえ、そのうちなにも聞こえなくなり、意識は闇の中へ引きずりこまれた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます