第8話
「こ、この前貸した五万円。返してくれないかな」
あゆむは、やっと出てきた声が裏返らないように努めて言った。
「あー、それな。悪い、まだ無理だ」
「でも、バイト代があるんでしょう? なら、僕から借りる必要ないよね?」
「あちゃー、聞いてたの?」
忠が大げさに表情を崩して言った。
「今まで貨したお金だってあるんだ。ぼ、僕だって返してもらわないと困るんだよ」
「うるせぇ! こっちにも事情があるんだよ! 返すって言ってんだから、大人しく待ってろや!」
義雄が怒号とともに壁を蹴った。
今までならこれだけで心が折れていたあゆむだが、今回は気をしっかりと持ち、怯むことなく続けた。
「事情ってなんだよ! こっちにだって、返してほしい理由があるんだ!」
「ああ? なら力づくで取ってみろよ、このゴリラが!」
「いいさ! そうするよ!」
ヒートアップした二人は睨み合い、義雄は今にも飛びかかりそうだった。
「おいおい、そんなに熱くなるなよ。早乙女、いくらお前がゴリラになったからって、俺たち三人相手に勝てるわけねぇだろう?」
義雄ばかりに気を取られていたあゆむだったが、そのとき初めて他の二人も臨戦態勢に入っていることに気がついた。
信一は灰褐色の毛に黒ブチが入り、先の黒い尻尾が生え、首から背にかけてたてがみのような毛を生やした、ブチハイエナと呼ばれる種のアニマである。
全身が変異しており、二足歩行のハイエナ男と化していた。
顔は雄のハイエナとなり、強靭な顎と頑強な牙を持っている。手は人間の形を保ちながらも、手のひらは肉球のように分厚く、爪は鋭く光っていた。
飛躍的に身体能力も高くなっており、一年生の中でもトップクラスの戦闘力を誇っている。
忠は、山吹色の体毛に覆われ、体の半分ほどの長さの尾を生やした二ホンイタチのアニマである。
両腕と脚部がイタチのものに変異しており、指の間には水かきが現れていた。
特徴的な長い尻尾が生え、鼻先が黒くなり、頭部に耳が生えている。一見、小動物的な愛らしさも感じ取れるが、笑うと鋭く尖った牙が恐怖を誘う。小柄な体躯もあって、三人の中では最も素早い。
義雄はオレンジを帯びた茶色い体毛に黒い縞模様が入った、ベンガルトラのアニマである。
変異部は忠と似ており、耳と黒い鼻、縞模様の尻尾と同じ模様の腕と脚に変異し、肉食獣の鋭く頑強な爪と牙を有してた。
ゴリラになったあゆむよりも大きい一八三センチの鍛えられた肉体を持ち、パワーだけなら信一よりも強い。
身構え牙を剝き出す三人は、あゆむに獣の威嚇を向けていた。
しかし、あゆむの腹は決まっていた。
もう、こいつらの好きにはならない。
「な、怖いだろ? だから諦めて」
「うわああああああああ!」
あゆむは拳を握りしめ、むちゃくちゃに振り回した。
悲鳴のような雄叫びを上げながら突っこみ、がむしゃらに力を振るった。
「ぐおっ!」
「え、ちょっ、まっ!」
「おい! さ、お、と、めっ」
まず義雄に強烈なゲンコツが振り下ろされ、払った腕が忠の顔を捉えた。
信一は辛うじて防いだが、続けて繰り出される拳の雨に耐え切れず膝を折った。
「ど、どうだ! 返してよ!」
「あ、あぁ。か、返すよ」
義雄と忠がうめき声を上げる中、信一は痛みで痺れる腕を無理やり動かし、尻ポケットの財布をあゆむに放った。
「中に入ってる。できれば、五万以外は取らずに返してほしい……頼む」
痛みに耐えながら、絞り出した声で信一は頭を下げた。
本来であれば、今までの金額をすべて受け取る権利があるのだが、あゆむは信一の姿に同情と罪悪感を感じた。あゆむは無言で財布を拾い上げ、信一の願い通り五万円だけを抜き出した。
「……ごめん」
お金を握りしめたあゆむは消えそうな声で呟くと、逃げるようにその場を去った。
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