第15話
「……やるじゃねぇか。見張りの連中も連れてこい」
開戦から五分が経ったころ、水谷が呟いた。
信一たち三人は、バットや鎖などで武装した手下を相手に、一人も欠けることなく戦い続けていた。一方で、手下たちは半分にまで減り、信一たちの迫力と実力に戦意を無くし始めていた。
「……おい、北尾」
水谷が、傍らで見ていた北尾に声をかけた。
「は、はい! なんですか?」
「お前、これ持って行ってこい」
水谷は、信一たちに見えないように北尾になにかを渡した。
「あぁ……なるほど。わかりました、いってきます」
北尾はその真意を理解し、悪い笑みを浮かべた。
そして、受け取ったものを隠しながら、気配を消して近づいた。
「おらぁ!」
「なめんなくそが!」
「よし、このままならいっけっるっ?」
まず倒れたのは忠だった。
北尾が背後に迫ったかと思うと、弾けるような音と共に声を失い、体の自由が利かなくなった。
「忠?」
「なにしやがったてめぇ!」
すぐさま義雄が北尾に殴りかかった。
だが、間に入った手下の一人に防がれ、北尾には当たらなかった。その隙に距離を詰められ、忠と同じように倒れこんだ。
「義雄! 北尾てめぇ、そりゃあスタンガンか」
勝ち誇った笑みを浮かべる北尾の手には、水谷から渡された改造スタンガンが、バチバチと音を立てて青白い牙を剝いていた。
「おいおい、敬語で話せよ後輩。お前ら、本当に馬鹿だよな。俺様のやさしさを無駄にしやがって」
「黙れやクズが。ぶっ殺してやる」
信一は怒りに震え、北尾に殴りかかった。
「ぐあっ!」
しかし、なにかに首を絞められ、体が宙に浮き、拳が北尾に届くことはなかった。
「よぉ、俺のこと忘れてないか? 全員倒すまで、俺は手を出さないとか言ってないだろう?」
その正体は水谷だった。
信一の首を蛇の尾で締め上げ、耳元で不気味に囁いた。
「こ……の……」
信一は抵抗したが、首の尾は緩むことはなかった。
水谷本人を攻撃したが、すべて防がれ、サンドバッグのように殴られた。
「ぐっがっ」
呼吸もままならない状態で、信一は殴られ続けた。
正と義雄も、痺れた体を蹴られ殴られ、もはや体を丸めることすらできなかった。
「そうだ。ここまで頑張ったお前らに、いいこと教えてやるよ」
信一の体から抵抗する力が消えると、水谷は忠たちのところへ信一を放り投げて言った。
「お前らが払ってきた金な、あれ嘘だから」
「……は?」
三人は痛みに悲鳴を上げる体を無理やり動かし、水谷を睨んだ。
言っている意味がわからなかった。
「元々、大野の妹がソフトの練習中に俺の車にボール当てた修理代ってことだったろ? あの車、実は俺のじゃねぇんだよ。たまたま停まってただけだ。あの傷も、最初からついてたんだよ。偶然ボールが車のとこに転がってくところが見えてな。そしたらユニフォーム着た締りの良さそうな中学生が来て、車の傷見てビビってんじゃんか。そりゃあ脅すだろ? 俺は妹の体目当てだったから、お前らが出しゃばってきたときはムカついたけどな。適当に言った金額を、必死に払うざまは笑えたから、今まで黙ってたけどよ」
信一たちは、怒りで頭が揺れていた。
全身の痛みなど気にならないほどに、ただ目の前で笑うこの男を殴りたかった。
「お前ら、縛り上げてやるから今日はここで寝てろ。この女と遊んだら、妹も連れてくるからよ。目の前で大人にしてやるよ」
「水谷いぃぃぃぃ!」
「うおおおおお!」
「クソがあああああ!」
信一たちは、今まで感じたことのないほどの怒りを抱き、叫んだ。
同時に、立ち上がることすらできない自分の無力さを呪った。
「あはははははは! さあて、うさぎちゃん。遊ぼうか」
水谷は髪をかき上げ、千代に近づいた。
心底愉快そうな笑顔は、千代に強い不快感を与えた。
「ほら、ガムテ剥がしてやるよ。いい声で鳴けよ」
水谷は、千代の口を塞いでいたガムテープを乱暴に剥がした。
「このクズ」
千代は水谷を鋭く睨みつけ、心からの気持ちを口にした。
「気の強い女は嫌いじゃねぇ。そいつを汚すのが、なんともたまんねぇからな!」
水谷は千代を押し倒し、昂った欲を解放をしようとした。
「ここかぁ!」
そのとき、工場の扉が勢いよく開け放たれた。
その場にいた全員が、声の主に目をやった。
月明かり射す闇の中、現れた黒い影。
筋骨隆々、巨躯のゴリラが立っていた。
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