第10話

「どうするんだよ、信一!」


 すでに陽は落ち、外気は秋の肌寒さを孕んでいた。


 信一たちがたむろする公園には他に人影はなく、彼らの声は夜の静寂に溶けていった。


「落ち着けよ、義雄!」


 淡い外灯の下で、義雄が信一の胸ぐらを掴み怒鳴り合っていた。


 それを困り顔の忠が止めようとしていた。だが、あゆむにやられた一件のあと、何度も繰り返したこのやりとりに、正直なところうんざりしていた。


「もう、何度言ったらわかるんだよ。今更、信一になに言ってもしょうがないって!」

「あぁ? こいつのせいだろうが! 簡単に金を渡しやがって。期限は明日なんだろう? バイト代が間に合わないのは、馬鹿のオレでもわかるわ!」

「俺たち全員やられた状態で、抵抗して有り金全部持ってかれたら、それこそどうしようもねぇだろうがっ! あの場は最小限に留めるしかなかったんだよ! 何度言わせんだ!」


 信一も負けじと吠えた。

 義雄の腕を掴み、牙を剝いて睨んだ。


「なにが最小限だ! じゃあ、どうするつもりなんだよ、お前は」

「……期日を伸ばしてもらうように、頼むしかねぇだろう」


 信一の言葉に、義雄は心からの侮蔑をこめた目をした。


「あいつに頼むのか? 正気か? 死んでも嫌だぞ、オレは!」

「だから俺が行くって言ってんだ。ここまで来たんだ。土下座だろうがなんでもしてやるよ」


 信一の迷いのない覚悟を秘めた目に、義雄はなにも言えず乱暴に手を離した。


「でもさ、本当にやばいよなぁ。まさか早乙女きゅんがあんなにワイルドになって、取り返しにくるとは夢にも思わなかったもんね」


 一触即発の危険が去ったことで、忠がいつもの軽いノリを復活させた。


「仕方ねぇよ。んじゃ、ちょっと連絡とるか」


 信一がスマホを取り出し、電話をかけようとした。


「おう、お前ら。こんなとこでなにしてんだ?」

北尾きたおさん!」


 暗闇の中から一人の男が声をかけてきた。


 信一は慌てて、コールが始まる前に電話を切ると、男に挨拶をした。


 北尾はスーツ姿だがネクタイはしておらず、髪も金色に染めていた。

 近くの歓楽街でホストをしており、三人の中学の先輩に当たる人物だった。


「ご無沙汰してます!」

「お仕事は?」

「あぁ、今キャッチの途中でな。聞き慣れた声がしたもんで、気になって来てみたのよ。で、どうした? いよいよ明日だってのに、揉めてんのか?」


 心配する言葉を吐きつつもニヤニヤと笑い、状況を楽しんでいるようだった。


 北尾はつり目で、手足が赤みがかった黄色の毛で覆われており、同じ毛色の尻尾を耳を生やしたホンドキツネのアニマだった。


 信一は、自分たちの事情を知っている北尾に状況を話した。


「はぁ? マジかお前ら。情けねぇな、この雑魚が」


 北尾は三人を野次りながら、煙草の煙を信一に吐いた。


 ハイエナの鼻を持つ信一にその匂いはキツく、不快感を顔に出さないように息を止めた。


「なんとかならねぇっすか? 先輩」

「あ、あの、北尾先輩が貸してくれるってのはないですかね?」

「忠、お前がすぐにウチの店で働くっていうんなら、考えてもいいけどよ。まぁ、任せろよ。いい考えがある」

「マジっすか!」


 忠が喜びの声を上げた。


 義雄の顔も明るくなったが、信一はその内容を気にかけていた。


「ちょうど、今日思いついたことなんだがよ。お前たちも一枚噛ませてやる。お前たちも助かって、俺様の株も上がる。これなら全員得しかねぇ」

「どんな方法なんです?」

「なんだ、信一。俺様が信用できねぇのか?」

「いえ、そういう意味じゃ……」


 北尾はからかうように笑ったが、詳しいことを話そうとはしなかった。


「まぁ、俺様に任せとけ。今までだって、あの人とお前たちの間に入ってうまくやってただろう? お前たちは明日、約束通りいつもの場所に来い。俺様もそれまでに準備しとくからよぉ」


 義雄と忠は喜び、北尾に感謝と尊敬の眼差しを向けた。


 しかし、信一だけは疑念がこもった目で北尾を見ていた。

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