第31話

「みんな。思うところはあるだろうが、女たちは置いといてくれねぇか」


 信一の提案に皆が同意し、ミミたちにはこれ以上手出しはせず、解散の運びとなった。


「んじゃな、寺田。助かったぜ」

「おうよ。あ、おい、ゴリラ」


 寺田があゆむに松葉杖を向けて言った。


「友達はちゃんと選べよな。ま、今回のことでだれが信用できるか、わかったと思うけどよ。それと、俺はビビってねぇからな! 次やるときは正々堂々とだ!」

「……うん!」


 寺田は満足気に笑い、この場をあとにした。


「さて、ぼくは彼らを病院に連れて行くよ」


 一切車から下りないまま、織部はのんびりと言った。

 二人の診察が終わったあと、織部が家まで送るという。


「早乙女」


 気を失ったままの上島のとなりで、飯田が口を開いた。


「その、すまなかった。こいつの怪我については、気にしないでくれ。俺がやったことにする」

「けじめのつもりか?」


 信一が腕を組んで言った。


「いや、単純にこいつにムカついただけだよ。もうこいつのいいようにはさせねぇ」

「……うん。お願い」


 あゆむは小さく頷き、遠ざかる黒い車体を見送った。


「さーて、おれたちも」

「みんな!」


 あゆむは、弾けるような声で三人を呼び止めた。


「本当に、本当にありがとう。僕、なんて言ったらいいか……」


 あゆむは深々と頭を下げた。


「気にしないでよ、あゆむきゅん」

「そうだぜ! オレたちのほうが、お前には世話になってるんだからよ!」


 忠と義雄が、まぶしい笑顔で言った。


 再び顔をぐしゃぐしゃにしたあゆむは、顔を上げてもまともに見ることができなかった。


「俺たち、友達なんだろうが。なにもおかしなことねぇんだよ。お前から言い出したんだから、こんなことでそんなに泣くんじゃねぇよ!」


 信一は照れくさいのか、あゆむから顔を背けて、先に歩き始めた。


「ほら! 結局サボったみたいになってるからよ、はやく学校行くぞ!」

「あ、やべ。千代姫にも話さないとだ」

「お、おい。急ぐぞ!」


 忠と義雄もそれに続いた。


「なにしてんだ。はやく来いよ!」


 信一の声に、あゆむの心は晴れていった。


 あゆむにとって、今回のことが辛い経験だったことは明らかだ。


 しかし得られたものは、かけがえのないものだと、目の前の友人たちが教えてくれた。



「……そうだったんだ」


 授業の途中で教室に入り、教師に叱られながらも昼休みを迎えたあゆむは、目も合わせてくれなかった千代をなんとか昼食に誘い、二人で屋上に来ていた。

 そこで朝の出来事を謝り、これまでのいきさつを説明した。


「その、本当にごめん。僕、どうかしてた。千代ちゃんのこと傷つけて」

「あゆむは、なんでわたしが傷ついたと思ったの?」


 決してあゆむの顔を見ないまま、千代は遠くの景色を見つめて言った。


「それは、僕がおかしかったから。支倉さんにデレデレして、周りが見えなくなってるのが、ショックだったんでしょ?」

「まぁ、それもありますけど……」


 千代はなにかを考えるように黙った。

 その間、重い沈黙が屋上を支配し、あゆむはなにも言えずにいた。


「……今はそういうことでいっか」


 小さく呟いた声は吹き抜けた風に攫われ、あゆむに届くことはなかった。


「え? 今なにか」

「えいっ!」


 風が止むと、千代はあゆむの胸に飛びこみ、背中に手を回した。


「え、ええぇ! ち、千代ちゃん、なにを」

「ちょっと。あの子にしてたこと、わたしにはできないっていうの? ……わたしのほうが付き合いながいのに」


 あゆむは、千代がなにを求めているのかわかった。


 照れ臭かったが、胸には喜びが溢れていた。


 あゆむは今朝ミミにやったよりも優しく、丁寧に、精いっぱいの愛情をこめて頭を撫でた。


 千代は顔をうずめたまま、大きく分厚い手のひらから伝わる幸せを感じていた。


「……いやぁ、よかったよかった」


 その様子を、ハイエナ三人組は出入り口の影から覗き見ていた。


「くっ……それはそうだが、羨ましいぜ」


 義雄が歯を食いしばって言った。


「ま、義雄の気持ちもわかるが……お前にしては損な役回りだったな、忠」


 信一が壁にもたれかかり、幼馴染の心情を読み取ったように囁いた。


「そうだねぇ。恋敵に塩を送るなんて、我ながら珍しいと思うよ。でも、なんだかあの二人には、幸せになってほしいと思うのよね。あ、これからは知らないよ? 隙あらば横取りするし?」


 忠はケラケラと笑った。


「そうかよ」


 信一は呆れたように言ったが、忠は笑ったまま「そうだよ」とピースサインで返した。


「なぁ、おい」


 二人が話している間も、あゆむたちのことを見ていた義雄が、心配そうに口を開いた。


「どうした?」

「あの二人、寒くねぇのかな? こんなとこでおっぱじめたら、さすがに風邪引くぞ? オレ、ブランケット持ってんだけど、エロい雰囲気になったら投げ入れたほうがいいか?」

「余計な心配しなくていいし、そんな試合止めるセコンドみたいなことすんな」


 義雄の心配は無駄に終わり、覗いていたことがバレた三人は千代に追い回されることになった。


 それを、おどおどしながら止めるあゆむは、ミミたちとは感じられなかった幸せの中にいた。

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