第39話
「アニマは人間に、文字通り人外の力を与えてくれます。その結果、スポーツなどには大きな発展をもたらしました。しかし、動物の野性的な本能の増大によって、理性的な判断が難しくなる者もいます。獣人社会と呼ばれるようになってから、闘争本能の増大によって世界規模で争いや犯罪が増え続けています。三大欲求に起因する問題行動や犯罪も、一時期は社会問題として取り上げられていました。野山さん、あなたも実際にその目で見て、体験しているでしょう?」
千代はぐっと口をつぐんだ。
五人の脳裏には欲望のままに力を振るっていた、水谷の姿が浮かんでいた。
「アニマがもたらすそういった危険に対して、学校レベルで対処する自衛組織。それが生徒会執行部です。やるべきことは、国や自治体となんら変わりません。ときには、汚いことも必要なのです。私たち生徒会には、その権限に見合うだけの大きな責任と覚悟があります。どれだけ非難をされてもかまいません」
ボロボロで戦えない風花が発する言葉の重みに、あゆむたちはなにも言えなかった。
風花の肩に手を置いた伊織が、順番を変わるように話し始めた。
「……それに暴走した彼が、関係ない生徒を巻きこまないと言えるのかしら。見なさい、すでに施設が破壊されているのよ。甚大な被害が出ないと言い切れるかしら?」
伊織が指さした先に、痛々しく横たわる音楽室の扉があった。
「だから、あたしたちが動いたの。多少強引なやり方でも、あたしたちの力が通用するのか、確かめる必要があった。それだけあなたの力は危険なのよ。早乙女あゆむくん」
あゆむはうつむき、なにも言い返せなかった。
自分でもわかっているつもりだった。
しかし、気がついたときには我を忘れている。
自分が知らないうちに時間が過ぎ、人が倒れ、物が壊れる。
強いといえば誇らしかったが、まるで自分がゴリラに飲みこまれるような恐怖があった。
「でも……それでも、私は助けられました」
力強い千代の声が、あゆむの顔を上げさせた。
「危険だというなら、私もいっしょに抑える方法を探します。私が原因だというなら……私も、いっしょに強くなります!」
屈強なゴリラが歯が立たなかった相手に向かって、千代は堂々と言い放った。
その目には揺るぎない覚悟が宿り、したたかで美しかった。
「ちょっと待った。なら俺たちもいっしょだ」
信一の言葉に、忠と義雄も大きく頷いた。
「まさか、ここまで来てのけ者はないよね?」
「うまいもんなら任せとけ!」
三人は振り向き、あゆむに笑いかけた。
四人の気持ちがどうしようもなくうれしく、誇らしかった。
なにか言いたいのに、言葉がひとつも出て来ない。
その代わりに、あゆむの目からは大粒の涙が止めどなく流れていた。
「だから、お願いします。生徒会長。これ以上、あゆむを傷つけないでください」
「えぇ。もちろん」
「「「え?」」」
あゆむを含めた五人が、同じ声を上げた。
「い、いいんですか? いや、こっちとしては有難いですけど」
頼んだ張本人である千代が、戸惑いを隠しきれずに言った。
「あのね、あんたたちが出て来なきゃ、これ以上なにもする気はなかったのよ? むしろ、はやく保健室に連れて行こうと思ってたくらいだし」
伊織は腕を組み、わざとらしく不機嫌に言ってみせた。
「ちょっと待て。なんでそんな急に手を引くんだ? 早乙女が危険分子だから潰そうとしたんじゃないのかよ」
「違う違う。言ったでしょ? 危険かどうか判断するって。しこたま蹴って殴った結果、大丈夫って判断したのよ」
からかうような誘うようなウインクを放たれ、あゆむは思わず身震いした。
「どういうことだ、こら。早乙女が雑魚だってのか?」
義雄が眉間にしわを寄せて言った。
「そうは言ってないでしょ? まったく、ちゃんと話は最後まで聞きなさい。いい? まず、いつものあゆむくんは無害そのもの。力に溺れてる様子はないし、騙されたうえに、いきなり襲われてもほとんど抵抗しなかった。そうよね?」
同意を求められて、風花は「はい」と頷いた。
「ですので……野山さんを利用した、暴走状態の誘発を行いました」
今度は伊織が「そうね」と頷いた。
「その結果、たしかに我を失って暴走したけど、完全には自我を失ってなかった。あくまで、そこのうさぎちゃんを守るため。だから、あんたたちが来た時点で我に返ったの」
伊織は、まるで問題の説明をする教師のように話を続けた。
「以上のことから、要は怒らせなければ大丈夫って判断したってわけ。まぁ、万が一どっかで暴れても、あたしが行けばなんとかなるってわかったのもあるけど。でも、雑魚だなんて思ってないわ。うちの副会長をこんなにしたんだもの。弱いわけないじゃない」
伊織の言葉に、風花は悔しそうにうつむいた。
「あ、あの……ごめんなさい」
痛々しい風花の姿に、あゆむは罪悪感を感じずにはいられなかった。
「いい、あゆむくん。彼女に悪いことをしたと思うなら、我を失わずに解決する術を見つけなさい。獣の本能じゃないあなた自身が強くならないと、これからもだれかが傷つくわよ」
「……はい」
正直に言えば、不安で仕方がない。
しかし、千代や信一たちがいっしょだと思えば、根拠のない自信があゆむの胸に満ちていく。
それだけで、十分だった。
「じゃ、あたしたちはこれで。彼のこと、保健室まで頼むわね。あ、そこの扉は気にしないで。生徒会で直しておくから」
「ちょっと待てや」
立ち去ろうとした二人を信一が呼び止めた。
「なにかしら?」
「そっちの用は終わったのかもしれねぇけどよ、こっちは腹の虫が治まらねぇんだよ。ダチをここまでやられて、見逃せってのは無理な話だ」
忠と義雄も同様に牙を剝き、伊織を睨んでいる。
「ちょ、ちょっとみんな」
「悪い、早乙女。でも、これは俺たちの性格っていうか、気持ちの問題だ。一発殴らないと気が済まねぇ」
「あなたたち、そんなことが」
叫ぶ風花を制止し、伊織がゆっくりと進み出た。
「いいわよ、できるもんなら殴っても。面倒だから、三人まとめてかかってらっしゃい」
シャツのボタンをすべて弾き飛ばした伊織は、胸筋を強調しながら挑発的な笑みを向けた。
「「「なめんなぁ!」」」
ついに爆発した怒りのままに、信一たちは伊織に飛びかかった。
と同時に、伊織のそれまで畳まれていた床に着きそうなほど長く美しい羽が、大きな扇のように開いた。
無数の目にも見える模様。
しかし、緑や深い藍色が折り重なった景色は美しく、怪しい魅力で見る者を引きつけた。
そして、それは信一たちも例外ではなかった。
後光のように広がる羽となぜかオリバポーズをキメた伊織に目を奪われ、振り上げた拳を振るうことはできず、力をこめた足を蹴り抜くこともできなかった。
金縛りのように固まった一瞬のうちに、伊織は三人を殴り飛ばした。
「ぐはっ」
「うっ」
「ぬおお!」
ガードも間に合わず、強烈な攻撃を正面から受けてしまった三人は、痛みに顔を歪ませ、立つことができなかった。
「これが、あたしが生徒怪鳥と呼ばれる所以。孔雀のアニマよ、美しいでしょう?」
伊織は誇張するように両手を広げ、倒れる三人を見下ろした。
伊織に現れた孔雀の羽は、インドクジャクと呼ばれる種のものだった。
背と腰から伸びる長い羽は、開くと相手を魅了するとともに強烈な威嚇効果で体の自由を奪う。
鳥類のアニマの中には腕部に羽が生え、伝説のハーピィのような姿になる者もいるが、信一たちを殴り飛ばした伊織の腕は、鍛え抜かれた筋肉であゆむと変わらないくらいに太かった。
「くそ……」
信一たちは歯を食いしばり、悔しさをにじませた。
「気は済んだかしら? それじゃあ、私たちはもう行くけど。またね、あ・ゆ・む・く・ん」
ウインクを放たれたあゆむは、全身の毛がざわつくのを感じた。
終始伊織に圧倒された五人は、遠ざかる二つの背中を黙って見送ることしかできなかった。
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