第3話 情報屋アンジェ

※第4話は19:00頃に投稿予定!




 冒険者の町ジョネス。

 その中央広場通りを歩くドミニクは不機嫌だった。


「くそっ!」


 足元に転がる小石を乱暴に蹴り上げた後、「はあ~」と盛大にため息をつく。これで今日何度目だろうか。三回目からは数えるのを辞めてしまったため分からないが、少なく見積もっても十回は越えている。


「やっっっっちまったぁ~……」


 それから頭を抱えてその場にしゃがみ込む。

 すれ違った子どもが「ママ、あれ」と指をさすが、すぐさま母親が「しっ! 見ちゃいけません!」と子どもの手を引っ張って走り去っていった。


「うぅ……俺にはもうおまえしかいないよ、ランド」

「めぇ~……」


 力なく体を寄せてくるドミニクを、ランドはそのもふもふのボディで受け止める。

 無理もない。

 一億ギールという目もくらむ大金を手に入れたが、自分の不注意によってわずか一晩のうちにすべてを失ったのだから。

――だが、厳密にいえば、まったくの空っぽというわけではない。

 しっかりと手に握りしめた鍵。

 この鍵を使って開けることができるのは――ドミニクが一億ギール払って手に入れた豪邸の扉だ。


「……こいつだけが頼りだ」


 ドミニクはある策を用意していた。

 それはこの鍵が使える家をすぐさま売り払うこと。

 まだその全容を確認したわけではないので何とも言えないが、その家が一億に届かなくてもそれなりの額が出る家なら即座に売ってしまおうと考えていたのだ。


「それしか手はない!」


 一千万、いや、この際百万ギールでも構わない。とにかくそれなりにまとまった金が手に入れば今の貧乏生活からグレードアップができる。贅沢は言わない。とにかくまとまった金が欲しい。それがドミニクの本音だった。


「そうと決まればすぐにでも家を――」

「名に間抜け面して叫んでいるんですか?」


 勢いよく立ち上がったドミニクの出鼻を挫くように、背後から大変失礼な発言が聞こえた。その声の主は女性――それも、ドミニクが良く知る女性のものだ。


「……アンジェか」

「うっわっ! 露骨に嫌そうな顔しましたね!」


 振り返ると、予想通りの人物が予想通りの反応を示した。


 彼女の名前はアンジェ。

 年齢はドミニクより二歳年下の十七歳。

 茶色のセミロングヘアに青い瞳が印象的で、フード付きの上着に下はショートパンツをはいている。職業は情報屋であり、扱っている情報というのは主にダンジョンの内部構造ややアイテムの相場。商売相手は主にドミニクのような冒険者だったり、時にはギルドにも情報を提供したりもする。

 ドミニクにとってアンジェは情報を提供してくれる存在であると同時に、気兼ねなく話せる妹という感覚だった。

 いつもなら軽く相手をしてやるのだが、今はそれどころじゃない。


「悪いが、今はおまえと遊んでいる暇はない。帰ってくれ」

「またそうやって邪見にする! 前々から思っていましたが、ドミニクはいい加減、女性との接し方を覚えるべきです!」

「おまえ以外の女性にはちゃんと接しているさ」

「むぅ! ……せっかくお祝いしてあげようとこうして声をかけたのに……」

「お祝い? 誕生日はまだだいぶ先だぞ?」

「違います。手に入れたんですよね?」

「? 何を?」

「とぼけないでください! 一億ギール相当の虹魔鉱石をゲットしたって聞きましたよ!」


 目を輝かせてズイッと迫るアンジェ。

 さすがは情報屋というべきか。


「……まあ、昨日あれだけ派手に騒げばバレるわな」

「ん? 何か言いましたか?」

「別に。それより、その一億ギールだがな」

「もう換金したんですか!?」

「い、いや、そうじゃなくて……」


 とりあえず、興奮気味のアンジェをなだめるという意味も込めて、ドミニクは場所を変えようと提案する。それに応じたアンジェは現在地から少し離れた位置にあるベンチに向かって歩きだし、そこに到達すると自分の右隣へ座るよう大声で叫んでいた。


「やれやれ……」


 呆れの混じったため息を吐きながら、アンジェの隣に腰を下ろすドミニク。そこからじっくりと時間を使って事の顛末を説明した。


 その結果、



「だっさ!! 酒飲んで騙し取られるとか!! だからいつまで経っても三流冒険者なんですよ!!」



 ――という、罵詈雑言が飛んでくるのかと思いきや、


「あ、ふ、ふ~ん、そうなんですね。……えっと、その……元気出してください、ね?」


 割と真剣に同情され、慰められた。

 本来ならありがたい言葉のはずなのに、なぜだか妙に心を抉られる。これなら、予想通りに罵倒されていた方が精神的なダメージは少なかったかもしれない。


「……ともかく、一度その豪邸とやらを拝もうと思ってな」

「あ、ああ、それでランドを連れているわけですか。もうそちらへ移住すると?」

「まだ決めたわけじゃないけどな」

「まあ、もしかしたら高値で売れるかもしれませんしね」

「俺も同じことを考えていたよ」


 こうして、豪邸見学会のメンバーをひとり増やし、ドミニクは地図に示された場所目指して再び進み始めたのだった。

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