第51話 入団審査【前編】

※本日は3話投稿予定!




 ラドム王国騎士団の入団審査は、カルネイロ家の中庭で行われることとなった。

 その相手は、騎士団の中でも五剣聖に数えられる屈指の実力者――ハインリッヒ。


 推薦状を書いたカルネイロ家当主フロイデンも、まさかこんな大物がやって来るとは思っていなかったようで、完全な誤算だと頭を抱えていた。

 ドミニクには悪いことをした。

 そう思いながら、チラッとドミニクを一瞥すると、


「…………」


 その顔に絶望の色はなかった。

 最初こそ、戸惑っていたようだが、今は真っ直ぐと対峙するハインリッヒを見つめている。

 もしかしたら――と、フロイデンの胸に希望が生まれた。


「ほぉ……いい面構えをしやがる」


 それは対戦相手であるハインリッヒにも伝わっているようだ。

 周囲が息を呑む中、ふたりの男が向かい合う。

 互いに木で作られた模造剣を手にし、いよいよ入団審査が始まった。


「いくぞぉ!」


 意外にも、先手を打ってきたのはハインリッヒの方だった。

 その巨体からは想像もつかない俊敏な動きで、あっという間にドミニクとの距離を詰めてくる。


「せいっ!」


 振り下ろされた模造剣が地を抉る。

 ギリギリで回避したドミニクだが、ハインリッヒの猛攻は止まない。


「っしゃあ!」


 立て続けに放たれる模造剣による一撃。

 致命傷にはならないまでも、まともに食らったらタダでは済まないだろう。それをなんとかかわしていくドミニク。あまりのラッシュに、反撃さえままならない。

 恐らく、ハインリッヒは身体能力向上系の魔法を使っている。

 本来、魔法といえば炎や水といった、自然界の力を操作するのだが、彼の場合はこれまで培った剣士としての力を存分に発揮するため、あえてこのスタイルを取っているようだ。


「どうした! 逃げてばかりでは敵を倒せんぞ!」

「くっ!?」

 

 体勢を立て直したドミニクは全身に魔力をまとう。


「やれやれ、ようやくワシの出番か」


 魔力を高めだしたことが合図となり、霊竜エヴァがドミニクに憑依。次の瞬間、これまでとは比べ物にならない魔力がドミニクの全身から溢れ出る。


「むおっ!?」


 これにはさすがのハインリッヒも猛攻を止めて後退。

 距離を取って状況の分析を行う。


「こいつは驚老いたな……まさか、こんな切り札を隠し持っていたとは」


 言葉だけ聞いていると焦っているように思えるが、その顔にはまだまだ余裕が張りついている。

 これまで、エヴァが憑依した状態におけるドミニクの魔力を目の当たりにした者は、漏れなく戦慄を覚えた。

 だが、ハインリッヒはむしろ逆。

 強者と戦えることに喜びを感じるタイプのようだった。


「本番はここからというわけだな? ――面白い!」


 ハインリッヒは猛攻を再開。

 だが、今度はドミニクもただ黙って受け止めたりはしない。


「はあっ!」


 お返しとばかりに放ったのは風魔法。

 目には見えない風の刃が、ハインリッヒに向けて放たれた――が、


「ぬん!」


 気合の雄叫びと共に、ハインリッヒは風の刃を叩き落とす。


「なっ!?」


 百歩譲って、金属製の剣ならまだしも、木製の模造剣でそれをやってのけるとはまったくの想定外であった。

 しかし、だからといってこのままやられるわけにはいかない。

 次の手として、ドミニクは魔法属性の雷へ変更。

 鍔迫り合いとなった瞬間に放電し、ダメージを与えようと考える。


「ふん!」


 ドミニクの目論見通り、鍔迫り合いに持ち込めた。

 すかさず、雷撃をお見舞いするのだが、


「温い!」


 ハインリッヒは雷撃を受けながらもドミニクを力で吹っ飛ばした。


「な、なんですのあの方!? 魔法がまったく聞きませんわ! 本当に人間なんですの!?」

「わ、私も、あそこまで魔法耐性がある人を初めて見ました……」


 カタリナとイザベラはハインリッヒの力に呆然とする。

 一方、付き合いも長く、ドミニクの戦いを間近で見てきたアンジェやイリーシャたちも困惑していた。


「やはり手強い……」


 そんな中、ハインリッヒの実力をよく知るフロイデンだけはこの未来がある程度予測できていた。

 五剣聖の名は伊達ではない。

 その力を存分に見せつけていた。


「はあ、はあ、はあ」


 肩で息をし始めたドミニクに対し、ハインリッヒにはまだ体力的な余裕も見受けられる。

ダンジョンに潜ってアイテムなどを回収する体力勝負の冒険者稼業のため、スタミナだけは前から自信があった。

 だが、現状はその唯一のストロングポイントでさえ劣っている。


「ドミニクだったか。……確かに、フロイデン様が推薦しただけのことはある。その資質は素晴らしい――が、それまでだ」

「えっ……?」

「今身にまとっている強大な魔力……それだけならば、騎士団でも上位に数えられるのは間違いない。が、おまえにはまだまだ圧倒的に経験が足りない。騎士団にいる連中は、学園時代からいくつかの修羅場をくぐって強くなってきたが……おまえには、今まさに直面しているような、瀬戸際での強さというものを感じない」

「…………」


 ハインリッヒが言わんとしていることは理解できる。

 土壇場での強さ。

 あともうひと踏ん張りが足りない。

 ここぞという場面での、逆転を呼び込む力。


「それが身についていないうちは、飛び入りでの騎士団入団は難しいだろう」


 そう告げて、ハインリッヒは剣を下ろす。

 それはつまり、審査の終わりを意味していた。

 これまでの言動を振り返ると、恐らく結果は――



「待ってください!」



 ドミニクは思わず叫んでいた。

 このままでは終われない――終わってたまるか。


 強い確固たる意志のもと、ドミニクは最後の一撃にすべてをかけようとしていた。

 それを、ハインリッヒも察する。


「……いいだろう。その全力の一撃を俺に叩き込んでみろ。そいつで合否を判断しようじゃないか」


 ドミニクに向かってそう告げたハインリッヒ。

 これが正真正銘最後の一撃。

 アンジェ、イリーシャ、シエナ、エニスの仲間はもちろん、カタリナにイザベラ、そして多くの使用人たち、さらには推薦状を書いたフロイデンも――誰もがドミニクの合格を願っていた。


 その想いはドミニク自身にも伝わっている。


「……ドミニクよ」

「分かっています、エヴァさん。――限界ギリギリの一撃をお願いします」

「……いいじゃろう」


 霊竜エヴァの魔力は強力だ。

 そのすべてを、ドミニクは操れるわけではない。

 当然だ。

 霊竜に宿る力のすべてを人間に与えれば、体が耐えきれなくなり死亡するだろう。

 だから、これまでは力を抑えてきた。

 ――が、今回はそういった小細工が通用しない相手だ。



 ドミニクは最後の気力を振り絞ってハインリッヒへ立ち向かう。


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