第52話 入団審査【後編】
ラドム王国騎士団の入団審査は佳境に入っていた。
ここまで、経験不足が災いし、劣勢のドミニク。それに対し、ハインリッヒはラストチャンスの意味を込めて最高の一撃を叩き込んでこいと告げた。
「いきます!」
最後のチャンスにすべてをかける。
ドミニクは全身にまとった魔力の属性を炎に変えて突っ込む。
「はああああああああああああああああああああああああっ!!!!」
全身全霊をかけた、最高の一撃。
それを真正面から受け止めたハインリッヒ。
と、
「むぐっ!?」
ハインリッヒがわずかに後退。
ドミニクの魔力に押され始めていた。
「おおっ! ドミニクが押しているぞ!」
「その調子ですわ!」
その健闘ぶりに、カルネイロ親子は大興奮。
イリーシャやシエナも「頑張れぇ!」と声を振り絞って応援している。
「ドミニク……!」
アンジェは目を閉じ、必死に祈っていた。
一方、ドミニクはこれを好機と見て力を込めていく。
「ぐぅ……この俺がここまで追い込まれるのはいつ以来かな?」
一気に劣勢となったハインリッヒだが、まだ余裕が窺えた。全力を出しているわけではないのかと焦るドミニク――が、ハインリッヒは先ほどのような力任せに振り払うことをしてこない。
厳密に言えば、したくてもできないという表現が適切か。
それほどまでに、今のドミニクの力は凄まじかった。
「な、なんという青年だ……」
「あの五剣聖の――それもハインリッヒ様と互角に渡り合っている」
「い、いや、なんなら少し押しているくらいだ」
使用人たちも、想像以上だったドミニクの秘めたる力に驚きを隠せない。
だが、ハインリッヒもさすがは五剣聖に数えられるだけの人物。
これだけ劣勢になりながらも、未だに吹っ飛ばされずに踏ん張っている。
互いに武器をぶつけ合い、硬直した時間が続く。
すると、その時、「バキッ!」という音と共に、両者の模造剣が粉々に砕け散った。両者のぶつかり合う力の前に、武器の方が耐えられず、先に壊れたのだ。
「おっと!?」
「うわっ!?」
その反動で、ドミニクとハインリッヒは一歩後退。
揃って肩で息をするほど疲労しているが、この勝負――
「お前の勝ちだな、ドミニク」
ハインリッヒが敗北宣言をしたことで、ドミニクの勝ちとなった。
「じゃ、じゃあ!」
「審査は晴れて合格。おまえはたった今からラドム王国騎士団の正式なメンバーとなった」
その瞬間、歓声が弾けた。
イザベラたち使用人は拍手で祝福し、カタリナとフロイデン親子は抱き合って喜んでいる。さらに、イリーシャたちがドミニクのもとへ走ってきて、一斉に抱きついた。少し間を開けてから、アンジェもドミニクの頑張りを労うように「お疲れ様」と声をかけた。その目には涙が浮かんでいる。
さらに、
「よくやったぞ、ドミニク」
疲れ切ったようなエヴァの声。
相当な魔力を使った証拠だ。
「それにしても、こんな逸材が眠っていたとはなぁ……世界は広いってことか」
パンパンと手を払いながら、ハインリッヒがドミニクのもとへやって来る。
「最後は本当に見事な一撃だった。全身全霊をかけた、素晴らしい攻撃だ」
「あ、ありがとうございます!」
ドミニクは深々と頭を下げた。
そこへさらにフロイデンとカタリナも合流。
「いやぁ! 本当によくやったよ、ドミニク!」
「お見事でしたわ!」
「ありがとうございます。おふたりの協力がなかったら、俺は……」
「私たちはチャンスを与えたに過ぎない。それをしっかりモノにしたのは君の功績だ」
優しく声をかけられて、ドミニクの目は思わず潤んだ。
「さあ! 戦いの後は腹が減るだろう? 今日はうちの使用人たちに最高の料理を作らせるから、存分に楽しんでいってくれ!」
「へへへ、そいつが楽しみでもあったんだよなぁ」
フロイデンは使用人たちにご馳走の用意をするよう命じ、その後ろをハインリッヒがついていく。
「さあ、わたくしたちも参りましょう」
カタリナに促されて、ドミニクたちも屋敷の中へと戻っていった。
こうして、ラドム王国騎士団への入団審査は幕を閉じたのである。
◇◇◇
その日の宴会は大盛り上がりを見せた。
ドミニクサイドからすると、悲願だった騎士団への入団を果たせたという喜びが爆発しているが、入団を許可したハインリッヒにしても、五剣聖に数えられる自分と渡り合える人材を手にできたのだから、そこは喜ぶべきところだ。
おまけに、現状では例の次元亀裂で騎士団のメンバーはほとんど駆り出されてしまっているため、国内の防衛に不安があるという事情もあった。
ドミニクと自分が亀裂の補修部隊に合流すれば、想定したよりも早く解決できるかもしれない。
だが、ここでハインリッヒはドミニクサイドの事情を初めて耳にする。
「何っ!? あの子がギデオンとヴェロニカの娘!?」
頬っぺたにミートソースをつけながらパスタを頬張るイリーシャを微笑ましく眺めていたハインリッヒは、衝撃的な事実を告げられて思わず手にしていたフォークを落してしまう。
「……言われてみれば、確かにギデオンの竜人としての特徴と、ヴェロニカのエルフ族としての特徴が出ている。顔もなんとなくふたりを足して二で割ったような感じだし……」
その話を聞くに、どうやらハインリッヒはイリーシャの両親と親しい間柄のようだ。
「ふたりをよく知っているんですね」
「まあな。なんと言っても、あいつらを騎士団へ入るよう勧めたのは俺だ」
「えっ!? そうなんですか!?」
「ああ。まあ、もっとも、あのふたりも最初から騎士団へ入るつもりで俺に接触したらしいから、俺が口説かなくても入っていたのだろうがな」
次々と皿を積み重ねながら、ハインリッヒはそう語る。
「とはいえ、あいつらに会うのは難しいぞ? 何せ、きっと最前線で修復作業をしているだろうからな」
「やはりそうですか……」
両親に会うのは難しい。
分かっているが、こうなればせめてイリーシャがすぐ近くにいるのだということをふたりへ伝えたい。
そう思っていると、「ガシャン!」という何か割れる音が。
見ると、どうやらシエナがお皿を落して割ってしまったようだ。
ペコペコと頭を下げるシエナに、イザベラが「大丈夫ですよ」と声をかけた。
すると、イザベラが集めた皿の破片を、イリーシャがジッと見つめている。
「? どうかしましたか、イリーシャさん?」
「見せて」
イリーシャはイザベラの手の中にある破片に手を添えると、目を閉じて魔力を注ぎ始める。イザベラの手が光に包まれたと思った瞬間、
「できた」
そう告げて、イリーシャが手を離すと、そこには割れる前の綺麗な皿があった。
「「なっ!?」」
ドミニクとハインリッヒは思わず席を立つ。
「い、今のって、修復魔法じゃねぇか!?」
「イリーシャ! そんなことができたのか!?」
「ドミニクたちが亀裂の修復の話をしていたから、もしかしたらできるかなって」
平然と答えるイリーシャ。
だが、それはそんなに簡単に語っていい出来事ではない。
「マジか……ギデオンとヴェロニカのふたりも、修復魔法を身につけるのには相当苦労したって話を聞いたが……」
「イリーシャはそれが感覚的にできた……」
「まさに天才だな……」
ドミニクとハインリッヒは同時に大きく息を吐いた。
すると、
「うん? 待てよ……」
イスに背中を預けていたハインリッヒが、今度は前のめりになり、何やら深く考え込んでいる。
やがて、パン、と勢いよく自身の太ももを叩き、ドミニクへこう語った。
「ドミニク……あの子は、我ら騎士団の切り札となるかもしれんぞ」
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