第43話 遭遇

「「えっ?」」


 ふたりの声が重なり合う。

 誰もいないはずの貸し切り風呂に現れた銀髪の少女。

 年齢は大体十代中頃か。

 相手にとっても突然の事態だったようで、しばらくポカンとドミニクと見つめ合う。やがて状況を理解すると、カアッと耳まで真っ赤になった。


「な、なななな、なっ!」


 わなわなと震えながら、慌ててタオルで体を隠す。

 その行為で、ようやくドミニクもハッと我に返って説明をする。


「ま、待て! 俺も知らなかったんだ! フロントのお婆さんが鍵をくれて! というか、なんでここに!?」

「わたくしがお風呂に入りたいと思ったから、こうして入浴してますのよ!」

「そうじゃなくて!」


 お互いに冷静な状態ではないので、らちが明かない。

 そこへ、


「どうされました、カタリナお嬢様!」


 さらなる乱入者が現れた。

 ドミニクの目の前にいる少女をお嬢様と呼んだその女性はメイド服に身を包んでいる。こちらは年齢二十代半ばといったところか。ともかく、その口ぶりから、どうやら、本当にどこかの貴族の御令嬢のようだ。


「貴様! お嬢様に何を!」

「ご、誤解だ! 俺は何も――」


 身の潔白を証明しようとしたドミニクだが、振り返った瞬間、メイドさんの顔が真っ赤に染まる。なぜなら、ドミニクは前を隠すことさえ忘れるほど慌てていたのだ。

 つまり――まる見えなのだ。


「きゃああああああああああああっ!?」


 メイドさんの悲鳴が風呂場に響き渡る。


「お、落ち着け!」


 迫る丸出しのドミニク。

 腰を抜かしてなんとか逃げようとするメイド。


 はたから見ると、ドミニクは完全にそっち系の犯罪者という構図が出来上がっていた。

 そんな、叫び合いのやりとりが数分続いて――ようやく着替えて外で話そうという話に至ったのであった。


  ◇◇◇


「死刑ですわ!」


 風呂から上がり、事情を聞こうとするやいなや、少女から無情の宣告を受けるドミニク。


「ちょ、ちょっと、待ってくれ」

「弁解の余地なんてないわ! よ、よくもわたくしの裸を……!」


 涙声で訴える少女。

 名前はカタリナ・カルネイロというらしく、この辺りでは名の知れた貴族らしい。そんな貴族令嬢がなぜこんな場所に来ているのかというと、


「お忍びなのです」


 まだ微妙にドミニクと目を合わせてくれないメイドのイザベラが教えてくれた。

 その情報によると、読書が趣味だというカタリナは、《青い流星》と呼ばれる現象が、この近くにあるダンジョンで見られるということを知り、是非とも生で見てみたいとここまでやってきたらしい。


 なぜお忍びなのかというと、今回の訪問に関して、父親が大反対をしていたからだという。


「お父様は過保護ですわ! 他国へ行くわけでもありませんのに!」


 憤慨するカタリナだが、その様子から、自分がどういう立場の人間であるか、深いところで理解はしていないのだろうとドミニクは察した。


「お父さんは君のことを思ってそうしたんだよ」

「そんな窮屈な生活はゴメンですわ!」


「うーん」と頭を抱えて苦笑いのドミニク。

 その横ではイザベラが小さくため息を漏らしていた。


「反抗期ってヤツなのかな?」

「おっしゃる通りだと思います」

 

 小声で話し合う大人ふたり。

 

「と! に! か! く! わたくしは青い流星を見るまで帰りませんわ!」


 断固たる決意を感じさせるカタリナの絶叫。

 困り果てるイザベラを見て、なんとかしてあげたいと思うドミニクだが、ここである案が脳裏に浮かび上がった。


「その青い流星を見ることが出来たら、家に帰るんですね?」

「えぇ、もちろん」

「でしたら、俺たちと一緒に見に行きませんか?」

「「えっ!?」」


 この提案には、カタリナだけでなくイザベラも驚いていた。


「その青い流星という現象がなんなのかは分かりませんが、ダンジョンへ行けば見ることができるんですよね?」

「わたくしが読んだ書物にはそう書いてありましたわ」


 となれば、ダンジョンのスペシャリストである冒険者ドミニクの出番だ。


「あなたは冒険者でしたのね」

「えぇ。それで……ひとつだけ条件をつけてもよろしいでしょうか」

「条件? なんですの?」

「実は――」


 ドミニクはカタリナへある提案を持ちかける。

 すると、


「よろしいですわ。わたくしに青い流星を見せてくだされば、その願いを叶えましょう」

「お、お嬢様!」


 申し出に対し、イザベラは反対のようだが、どうしても青い流星が見たいカタリナの意志は揺るがなかった。


「では、明日の朝に」

「楽しみにしていますわ」


 契約成立。

 このお風呂でのまさかの出会いが、ドミニクたちの旅にとって大きな転機になるとは――この時はまだ微塵も思っていなかったのであった。

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