第4話 噂の豪邸

「本当にこっちであっているの?」

「地図によるとこの辺りなんだが――お? 広い空間に出たぞ」


 ペドロから受け取った地図を頼りに、町外れの森を進むドミニクとアンジェ。

 そこはかなり荒れた道であったが、ランドが先行して地面をならし、進みやすくしてくれたおかげで思っていたよりもスムーズに歩くことができた。

 が、道だけでなく、他にも問題点はあった。

何せ普段なら絶対に立ち寄らない場所だ。

土地勘がなく、目的の豪邸がある場所を探すのは困難を極めたが、そんな苦労の末にふたりはなんとか目的地へとたどり着いた。


「おぉ……デカいな」

「一億の価値がある家ですからね……これくらいの威厳はないと」


 森の真ん中に忽然と現れた大豪邸。

 驚いたのはその外観だ。

 こんな森の奥にあるというのに、窓は割れておらず、壁にはヒビひとつない。主のいない無人の家のはずが、まるでついさっきまで人がいたような生活感すら覚える。


「……なんだか変じゃないですか、あの家」

「あ、ああ」


 人が暮らしている気配のある家。

 本来、それが当たり前のことなのだが、これだけ深い森の奥にあるというのにそれはおかしい。


 恐らく、連中はそれも織り込み済みだったのだろう。

 これだけの豪邸を手つかずにしておいたのは、この異様な気配を恐れてのことだろう。もしかしたら、あの豪邸にはこれまで誰も見たことがないような、凶悪モンスターが潜んでいる可能性だってゼロじゃないのだ。


 ――それでも、ドミニクは、


「……入ってみるか」


 進む判断を下す。


「えっ!? 本気ですか!?」

「当たり前だろ」


 アンジェは驚くが、ドミニクとしては、人生を一変させるくらいのお宝の代わりに入手した物。このまま引き下がるわけにはいかなかった。

 あの家が自分の所有物となるなら、せめて中にある金目の物を持ち出して換金し、少しでも穴埋めをしたいと考えていたのだ。


「ここから先は俺ひとりで行くよ。アンジェはここで待っていてくれ」

「い、嫌ですよ! ひとりになるくらいなら私も一緒に行きます!」


 声こそ震えているが、その瞳に宿る光は力強い。

 どうやら、本気でドミニクとあの豪邸に入るつもりらしかった。


「頼もしいな、アンジェ」

「あ、あなたが頼りないだけよ。……ほら、行くわよ!」


 恐怖を振り払うように、強気な言葉を吐きながら歩きだすアンジェ。

 ドミニクはその背中を追った。


「それにしても、本当に大きいな」

「えぇ……貴族の屋敷でもここまで大きいのは稀よ」


 近くで見ると、豪邸の大きさに圧倒される。

 そもそも、一体誰が、何の目的でこんな屋敷を建てたのだろうか。その見当さえまったくつかない。

 と、その時だった。


「きゃっ!?」


 アンジェが短い悲鳴をあげる。


「ど、どうした!?」

「い、今……あそこの窓からこっちを見下ろしている人の顔が……」

「えっ!?」


 まさか住人がいるのか、とドミニクは慌ててアンジェの指さす先の部屋を見る――が、そこには何もなかった。


「お、おどかすなよ……」

「う、嘘じゃないわよ! 本当にいたんだから!」


 必死になって訴えるアンジェ。その様子から、どうも冗談半分でドミニクを怖がらせようとしているわけではなさそうだ。

 しかし、もし本当にアンジェが見たという人物がいるとするなら、自分の所有物となったこの家に不法侵入している者がいることになる。


「……中に入って調べてみよう」

「!? や、やめましょうよ! 何かいたらどうするんですか!?」

「ここは俺の家だ。追い返すに決まっている。……どうせ、俺にはもう何も残っていないからな」

「ドミニク……」


 何も残っていないと語るドミニクの姿を見て、アンジェも腹をくくった。


「しょうがないわね。私も付き合ってあげるわ」

「えっ? で、でも……」

「いいから! ほら、中に入りましょう」


 先ほどまで怖がっていたアンジェだったが、今はもう吹っ切れているようで、ドミニクの背中をグイグイと押す。自分のために協力を申し出てくれたアンジェに感謝しながら、ドミニクは押されるままに豪邸の正面玄関へと向かった。


 派手な装飾の施されたドア。

 ドミニクはそのドアにある鍵穴に、ペドロからもらった鍵を差し込み、回してみる。

 すると、「ガチャ!」という音を立てて鍵が開いた。


「あ、開いた……」


 もしかしたら鍵自体が偽物かもしれないと疑っていたが、どうやらその心配は杞憂に終わったようだ。

 ドアノブに手をかけると、一瞬ためらったもののゆっくりと開く。

 昼間だというのに、屋敷内は薄暗く、ひんやりとした冷たい空気が頬を撫でた。


「い、行くぞ」

「う、うん……」


 ドミニクとアンジェは揃ってゴクリと唾を呑み、とうとう屋敷内へと踏み込んだのだった。

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