第30話 夜のひと時

 夕食を満喫した後は早々に就寝。

 ただ、ドミニクは結界があるとはいえ、しばらくの間は周辺を見張っていようと焚火の前に座っていた。

 するとそこへ、


「お疲れ様です」


 コーヒーの入ったコップをふたつ持ったアンジェがやってきた。


「どうした? 眠れないのか?」

「まあ、ちょっとね。はい、どうぞ」

「おお! ありがとう」

 

 アンジェの淹れてくれたコーヒーで一息入れつつ、見張りを再開――と、ドミニクのすぐ横に、アンジェが腰を下ろして座る。


「まだまだ冷えますね」

「そうだな。でも、このコーヒーのおかげであったまるよ」

「ならよかったです」


 それからふたりはいろいろな話をした。

 ドミニクとアンジェは冒険者と情報屋という関係で、接点もあるし、よく喋る方ではあったが、特別親しい仲かと言われるとそうでもない。

 だから、ドミニクはずっと不思議に思っていた。

 なぜ、彼女はこの旅に同行したのだろうか、と。


 そのことについて、尋ねてみても大丈夫かと思ったドミニクだったが、


「楽しいですね」


 それよりも先にアンジェが口を開いた。


「楽しい?」

「えぇ。あっ、でも、イリーシャのご両親を捜すという一番の目的は忘れていませんよ?」


 ただ浮かれているだけじゃないことを強調するアンジェ。

 その点についてはドミニクもよく分かっているつもりだ。


「冒険と呼ぶにはのんびりしていますが……このメンバーで旅をしている時間は、本当に楽しいと思えるんです」

「それは俺も同じ気持ちだ」


 ドミニクは嘘偽りなく答える。


「これまでの俺の冒険者人生は……正直言って、暗い部分の方が多かった。いつまで経っても極貧生活だったしな」

「確かに、あの頃のドミニクはいつもその日の食費にさえ困っているようでした」


 恥ずかしながら、アンジェの言葉に虚偽は何ひとつない。

 孤独な冒険者生活を送っていた頃のドミニクは、今と比べ物にならないくらい寂しい生活を送っていた。

 それが今や、霊竜エヴァの力を借りているとはいえ、討伐クエストを難なくこなせるまでに強くなっている。

 すべての発端は虹魔鉱石(偽物)を発見した時からだ。

 結果として、現金ではなく豪邸を手に入れたドミニクだったが――それら現物とは比べ物にならない素晴らしい出会いがあった。


「俺が変われたのはあのふたりのおかげだよ。生活が豊かになったわけじゃないけど、あの頃よりもずっと満たされていると感じる」

「満たされている――うん。そうですね。私も同感です」


 どうやら、アンジェも同じ気持ちのようだ。


「そういえば、アンジェの両親ってどんな人なんだ?」

「えっ!? わ、私の両親は……普通よ?」


 少し目を泳がせながら答えるあたり、家族の話題には触れてほしくないようだ。


「そういうドミニクの両親はどうなの?」

「あぁ……うちの両親はもうすでに亡くなっているんだ」

「! ご、ごめんなさい……」


 即座に謝罪するアンジェだが、ドミニク自身はまったく気にしていなかった。


「大丈夫だよ。両親の顔はほとんど覚えていないし……亡くなったって言ったけど、それは俺が育った孤児院のシスターの言葉なんだ。もしかしたら生きていて、ただ俺をそこへ捨てていったってだけかもしれない」

「ドミニク……」


 子どもが気づかないように、とシスターの配慮によって死亡したことにされている可能性もゼロではなかった。だからといって、名前も顔も知らない両親と会おうとは思わない。


「まあ、ともかく、イリーシャの両親はきちんと探して――うん?」


 ドミニクは突然話を止めて視線を一点に集める。

 それに気づいたアンジェも、つられるようにそこへ目線を移動させる。

 飛び込んできた光景に、アンジェは思わず息を呑んだ。


「な、なんですか、あれ……?」

「わ、分からん……」


 ふたりの前方――およそ二十メートル。

 木々の間から、淡い光を放つ球体がふよふよと浮いている。


「な、なんでしょう……生き物でしょうか?」

「蛍……にしては大きいな」


 正体不明の光る球体。

 ドミニクはその正体を知るべく、接近を試みることに。


「だ、大丈夫ですか!?」

「平気だ。ちょっと様子を見て来るだけだし」


 結界を打ち破るだけの強力なモンスターかもしれない。

 そうした懸念が拭いきれず、ドミニクは光へと近づいていく。


 そして、



「こ、これは――」


 

 驚きの正体を知ることとなる。

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