第49話 提案

「か、歓迎できない報告ですか」

「うむ」


 どこか悲壮感さえ漂うフロイデン。

 重苦しく閉ざされた口がゆっくりと動きだし、真実を語り始めた。


「まず、ひとつ。……彼らに会うのは非常に難しいだろう」

「そ、それはなぜですか」


 いきなり告げられた重大な事実。

 だが、ドミニクは努めて冷静に尋ねる。


「最大の理由は、今彼らが携わっている仕事に関係がある」


 そこまで話した後で、フロイドは喉の渇きを癒そうと、メイドが持ってきた紅茶に手をつけた。それを少し口に含み、落ち着いてから再び話し始める。


「《次元亀裂》――と、呼ばれる現象を知っているかい?」

「? い、いえ」


 初めて聞く名だった。


「……まあ、無理もないか。まだ発見されてそれほど経っていないしな。一般に広まっているわけではないか」

「あの、それは一体どういう……」

「簡単に説明すると、この世界と別の世界を隔てている壁に生じた亀裂……といえば、一番分かりやすいかな」

「別の世界……?」

「――魔界だよ」

「!?」

 

 ドミニクは耳を疑った。

 魔界という存在自体は知っている――と、言っても、それは噂話だったり、他人からの又聞きだったりで、信憑性は眉唾物だった。話している側の中には、酒の肴にそんな夢想を語っているといった者もいた。


「魔界、か……」


 さらに、霊竜エヴァも意味ありげにポツリとその言葉を漏らした。

 何千年という長い時を生きたエヴァならば、魔界に関する情報を知っていてもおかしくはない。それどころか、もしかしたら実際に魔界へ行った経験さえあるかもとドミニクは思っていた。

 それは、エヴァが憑依し、凄まじい魔力を得て戦ってきたドミニクだからこそ感じられる可能性であった。

 その魔界という情報を頭に入れて、再び先ほどの次元亀裂を思い出してみると、


「……もしかして、この世界と魔界がその亀裂を原因につながってしまう――とか?」

「概ねその理解で正しい」


 だとしたら、それは一大事だ。


「今もモンスターは世界のあちこちで見受けられる。しかし、もし次元亀裂が広がり、この世界と人間界を隔てている壁が破壊されてしまえば、待っているのは破滅だけだ」

「そ、そんな……」


 ドミニクは絶句。

 無理もない。

 イリーシャの両親を捜す旅で、とんでもない世界の現状を知ってしまったのだ。


 ――しかし、とドミニクは思う。

 その世界の危機的状況と、イリーシャの両親であるギデオンとヴェロニカはどうかかわっているのか。

 思い浮かんだ疑問を、そのままフロイデンにぶつけてみた。


「それは――彼らが次元亀裂を修復させることのできる力を持った者たちだからだよ」

「! そ、そうか……」


 失念していた。

 あのふたりは人間ではなく、エルフと竜人だ。あらゆるスペックが人間以上である。だからその大役に抜擢されたのだろう。


「じゃ、じゃあ、仕事というのは……その亀裂をふさぐための?」

「そうだ。そしてこれは命を失う可能性もある、大変危険が伴う作業のため、並の人間ではその亀裂がある場所までたどりつくことさえ叶わない。そのため、この亀裂が生じた場所は公開されないんだ。変に騒ぎ立てる者が集まらないようにという配慮からそうしているらしい。なので、私も詳しくどこにいるのかは分からないんだ」

「そ、そんな……その仕事がいつ終わるかっていうのは……?」

「皆目見当もつかないそうだ」

「ぐっ……」


 ここまで来ておいて、とドミニクの握る拳に力が入る。

 今いる場所も分からないし、いたとしても会うことは望み薄と来ている。


「やっとここまでたどり着いたというのに……」


 悔しさが込み上げてきた。

 どうすることもできないのか――そう思っていた時、


「……手がないわけではない」

「!? 本当ですか!?」

「ああ。……まあ、かなり強引な手だが」


 どうやら、フロイデンにはこの状況を打開できる策があるらしい。


「イザベラからの報告を聞く限り……君は相当な実力の持ち主のようだね」

「えっ?」


 一瞬、ドミニクは戸惑った。

 この力を、「自分の力」と言っていいのだろうか、と。

 ドミニクが強力な魔力を扱えるのは、霊竜エヴァが憑依している時のみ。それ以外は至って普通の――いや、平均よりもやや劣るレベルの冒険者でしかない。


 ドミニクが答えあぐねていると、



「……そうだ、と答えるのじゃ」



 霊竜エヴァがそう告げた。


「ワシは誰にでも力を貸すような尻の軽いドラゴンではない。お主だから――ドミニクという男を気に入ったから力を貸したんじゃ。これはもう、お主の力じゃ」

「…………」


 エヴァからの言葉を受けて、ドミニクは腹をくくった。


「……腕には自信があります」

「そうか。だったら、この裏技が使えるかもしれんな」


 フロイデンはそう言うと、立ち上がって執務机に向かう。

 そして、引き出しから二枚の紙を取り出すと、再びソファへと戻ってきて、目の前のテーブルにその紙を置く。


「これは……?」

「ラドム王都へ入るための紹介状と――推薦状になるものだ」

「推薦状? どこへ?」

「決まっているだろう」


 ひと呼吸おいてから、フロイデンは裏技の核心部分を口にした。


「ラドム王国騎士団への推薦状だ」

「!? き、騎士団!?」

「それが一番てっとり早い方法だ。ギデオンとヴェロニカのあとを追えるように、私が便宜を図る」

 

 胸をドンと叩いて「任せろ」と語るフロイデン。

 

「お、俺が騎士団に……」


 考えたこともなかった。

 平民でも騎士団へ入って活躍する者は少なくない。だが、それでも幼い頃からきちんとした王立の教育機関に籍を置き、武術や学術をきちんと修めた者だけが騎士団へ入ることができるとされている。


 ドミニクはそうしった経験は一切ない。

 最低限の読み書きくらいはできるが、それ以外の知識に関しては、冒険者として生き抜くために身につけたものばかり。とても騎士団で役立てるとは思っていない。


 だが、次元亀裂の修復作業のために遠く離れた地へ赴いたギデオンとヴェロニカを追うためにはそれしか道は残されていない。


「まあ、いざとなれば臨時採用ということにしておけばいいしな。イリーシャが両親との再会を果たしたら、退団をすればいい」

「そんな……で、でも、なぜそこまでしてくれるのですか?」


 ドミニクはそこが疑問だった。

 そこまで恩義を感じる出来事があったのだろうか。


 ――が、フロイデンの答えは至ってシンプルなものだった。


「私も同じ人の親だからな。会いたくても会えない状況というのは、彼らにとっても辛かっただろう」

「……分かっていたんですね。自分たちがいつか次元亀裂の修復作業に携わることを」

「夫婦は揃って縛りのない人間の世界で暮らそうとしていた。その世界が、次元亀裂のせいで失われるかもしれない。……もちろん、すべてが終わった時にはイリーシャのもとへ帰ろうと思っていただろう。だが、きっとそうすんなりとはいかないはずだ」

「ど、どうしてですか!?」

「世界がそんな英雄を放っておくわけがないからだよ」


 そう語ったフロイデンは寂しげな表情を浮かべる。


「だから、今日君たちが我が家を訪ねてきてくれたことに対して、私は運命に近いものを感じているんだ。ギデオンとヴェロニカの娘を導け、と神が囁いているようにさえ思える」

「フロイデン様……」


 何はともあれ、こうして会いに行ける算段は整った。

 フロイデンの話では、推薦となるとその実力をチェックする者がここを訪れるはずだと伝える。

 つまり、騎士団の人間を相手に、入団試験を行う必要があるということだ。

 推薦なのに試験があるのかと思ったドミニクだが、思えばそれくらいしなければ本当に国家防衛に携わる騎士団に相応しい人間かどうか見極めるのは大変だろう。


 ともかく、イリーシャが両親に会うためには、まずドミニクがその試験を突破する必要があるのだ。


 緊張を胸の奥にしまい込んだドミニクは、その試験に向けて修業をしたいですとフロイデンに申し出て、早速剣の鍛錬を始めたのであった。

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