第57話 次元亀裂

「あれが……次元亀裂……」


 初めて見る次元亀裂。

 それは、ドミニクの想像を遥かに超えた異常現象であった。


「まるで空が割れようとしているような……」

「その表現はあながち間違いじゃないな」


 紫色に染まりつつある空を見上げていたドミニクへ、ハインリッヒが告げる。


「あの亀裂がさらに広まり、完全に割れてしまえば――こちら側の世界に存在してはならない生き物たちをはびこらせることになる」


 こちら側の世界に存在してはならない生き物。

 それは魔界に住まう者。

 並みのモンスターとは訳が違う、正真正銘のバケモノたちだ。


「補給地点で聞いた報告だと、少しずつだが他種族も協力を表明してくれているらしい」

「じゃ、じゃあ」

「俺たちはその結束が無駄にならないよう、これ以上亀裂を広げさせるわけにはいかない――って、ことだ」

「それ……かなり責任重大っすよね」


 引きつった笑みを浮かべながら言ったのはファビオだった。


「どうした? 臆したか、ファビオ」

「まさか。俺はそういう状況の方が燃える男っすよ!」


 どうやら、強がりで言っているわけではないようだ。

 ファビオの言葉に勇気をもらった一行はさらに亀裂へと近づいていく。



 それはつまり、イリーシャの両親との再会が近づいているということも意味していた。

 やがて、ドミニクたちは多くの兵士たちが集まる開けた場所へと出た。


「おぉ……ここからだとよく見えるな」


 ガスパルの言う通り、周囲に遮蔽物がなくなったことで、空に浮かぶ亀裂がよりハッキリと視認できるようになった。


 そのおかげで、遠目からは確認できなかった情報が新たに加えられる。

 まず、亀裂は近くで見るとかなり大きく、下からは金色に輝く魔力がそれに向かって注がれていた。

 ドミニクには、その魔力がどういうものであるのか、なんとなくだが分かった。


「あの金色の魔力が……修復魔法?」

「その通りだ」

「なら、あそこに――」

「ギデオンとヴェロニカがいる」


 ついにここまで来た。

 両親との再会が目前に迫ったことを告げられて、ドミニクはイリーシャを見る。


「…………」


 口では何も語らない。

 しかし、その表情や仕草は雄弁に物語っている。


 期待と不安が入り交じっている、と。


「イリーシャ……」


 あふれ出しそうな想いが複雑に絡み合って、動きだせないイリーシャ。

 ドミニクはそんなイリーシャを元気づけるため、そっと手を握った。


「!」


 最初はビックリした様子のイリーシャであったが、すぐにギュッと握り返す。


「どうやら、腹をくくったようだな」


 それを見ていたハインリッヒが語りかける。


「おかげさまで……覚悟は決まりました」

「うしっ! だったらすぐにでも出るか」


 中継地点に到達して間もなく、亀裂の修復作業をしている本隊との合流を目指すため、さらに森の奥を目指すことにしたハインリッヒ。


「ファビオ、リノン、ガスパル。おまえたちはここで次の指示があるまで待機だ」

「「「はっ!」」」


 綺麗に敬礼を揃える三人。

 それが解かれると、すぐにドミニクとイリーシャのもとへやってくる。


「気をつけてね」

「無茶は厳禁だぞ」

「いざとなったら全力で逃げるっすよ!」

「あ、ありがとう、みんな」

「……ありがとう」


 思わぬ激励の言葉をもらい、ドミニクとイリーシャは感謝する。

 ここまで関わってくれたすべての人たちが、イリーシャと両親の再会を望んでいる――それを改めて胸に刻み、ふたりはハインリッヒと共にギデオンとヴェロニカのもとへ向かった。


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