第56話 到着

 ヘイダルをあとにしたドミニクたちは、いよいよ森に向けて出発。

 そこへ近づくほど、全身にまとわりつくような、嫌な魔力を感じ始めていた。


「これは……」

「次元亀裂から漏れ出ている魔界の空気……じゃろうか」


 すでにこの近辺は魔界の影響を受けているようだった。

 すると、


「うぅ……」


 妖精エニスの様子がおかしい。

 苦しそうに表情を歪め、唸っている。


「大丈夫?」


 イリーシャがそう尋ねると、エニスはなんとか笑顔を作ってみせる――が、どう見てもそれはやせ我慢。異変が起きているのは明らかだった。


「これ以上の接近は難しいか……」


 御者を務めるドミニクは、エニスの容体を気遣って一旦停まろうとするが、


「だ、大丈夫だよ、ドミニク」


 エニスは気丈にもそう答えた。

 

「せっかくここまで来たんだから、私も最後まで付き合いたい……」

「し、しかし……」

「お願い……」

「……ひとつだけ約束をしてくれ。無理はしないこと。これ以上はダメだと判断したら、すぐに遠くへ避難するんだ」

「! わ、分かった!」

 

 ドミニクにはそれしか言えなかった。

 エニスの覚悟を汲み、その制限をつけて、森へと近づくことを許可する。




 それからしばらくして、とうとうラドム王国騎士団が展開するテント群へとたどり着いた。

 そこでは多くの騎士や魔法使いたちが忙しなく動き回っており、刻一刻と状況が変化していることが目に見えて理解できた。


 それに――


「なんて禍々しい魔力なんだ……」


 まだ森へ入っていないのに、ここからでもその魔力の凶悪さを感じ取れた。異常気象などを引き起こすとされているが、それも納得できる。


「ドミニク、イリーシャ、これからすぐに森へ入るぞ」

「分かりました」

「はい」


 到着早々にハインリッヒからそう指示を受ける。

 森へ入る――つまり、アンジェ、シエナ、エニスたちとはここで一旦別れることを意味していた。


「ドミニク……あなたの方こそ、無茶をしてはダメよ?」

「ああ。分かっているよ」

「頑張ってください!」

「油断しないようにね!」

「ありがとう、シエナ、エニス」

「ンメェ~」

「ははは、おまえも応援してくれるか、ランド」


 これまで旅を共にしてきた仲間たちとは、ここで一旦お別れとなる。

 決して今生の別れというわけじゃない。

 それでも、ここから先に進むことがどれほど危険なことであるかは、誰もが理解していた。


「じゃあ、行ってくれるよ」

「行ってきます」


 ドミニクとイリーシャはアンジェたちに手を振りながら、ハインリッヒたちと共に森の中へと入っていった。


  ◇◇◇


 森の中に入ると、まずその異様さに目が向けられる。

 木々の枝はいびつに歪み、動物の姿は一匹も見られない。

 さらには植物が不自然に枯れているなど、信じられない現象が相次いだ。


「魔界に浸食され始めている……」


 現状を目の当たりにしたハインリッヒがそう呟く。

 同行しているガスパル、ファビオ、リノンの三人も、初めて見る光景に言葉を失っていた。


「嫌な気配――なんて言葉じゃ収まりきらねぇな」

「実はここ魔界なんですって言われても、まったく違和感ないわね」

「あぁ……」


 この辺りに獰猛なモンスターがいるわけではないが、それでも、何が起きるか分からないという状況に変わりはない。

 

「大丈夫か、イリーシャ」

「平気。今のところは……」


 いつも無表情で、飄々としているイリーシャも、この時ばかりは目に見えて動揺していた。

 その時、先頭を進んでいた隊長のハインリッヒが何かを発見し、後続のドミニクたちへ声をかける。


「見えたぞ……あそこだ」


 その声を聞き、顔を上げたドミニクの目に、信じられない光景が飛び込んできた。


「そ、空にヒビが……」


 何もない空間に入る大きな亀裂。

 あれこそが、この世界に災いをもたらすとされる次元亀裂であった。

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