第60話 急襲
「いた……イリーシャの両親!」
魔界へ潜り込んだドミニクたちは、とうとうイリーシャの両親を眼前に捉える――が、
「ギデオン! ヴェロニカ!」
霊竜エヴァの必死の呼びかけに、ふたりはまったく応じない。
――というより、
「聞こえていないのか……」
無理もない。
修復魔法が放つものなのか、地鳴りのごとき騒音が響き渡っている。とてもじゃないが、この中ではドミニクたちの声は届かない。
とりあえず、ドミニクはイリーシャへと近づいた。
「イリーシャ!」
「ドミニク……」
力なく自分の名を呼ぶイリーシャの顔を見た時、ドミニクはギョッと目を見開いた。
イリーシャは、大粒の涙を流していたのだ。
「ど、どうした!? どこか痛いのか!?」
「魔界の空気に当たりすぎたか!?」
「違うの……」
細い腕で涙を拭ったイリーシャは、そのわけを話し始めた。
「嬉しくて……やっと会えてうれしくて……でも、どうしていいか分からなくて……」
「イリーシャ……」
その混乱はもっともだと思う。
再会を夢見てここまで来てはいいものの、まさかこれほど状況が変化するとは。
「どうしよう……どうすれば……」
オロオロするイリーシャに、ドミニクはかける言葉が見つからない。――だから、変に飾らず、ありのままを伝えることにした。
「……そのままで行こう」
「えっ?」
「イリーシャはイリーシャのままでいいんだ。そのままの君を見てもらえばいい」
「ドミニク……」
ドミニクからの言葉を受けたイリーシャは、力強く頷いた。
あのふたりに近づくための手段――イリーシャはそれを持ち合わせている。
「見せてやれ、イリーシャ。おまえの修復魔法で、あのふたりを助けるんじゃ」
「うん!」
両親から優秀な才能を受け継いだイリーシャは、カルネイロ家で覚えた修復魔法を披露。それは、以前見たものとは段違いの代物だった。
「うっ!?」
近くに立っているだけで、肌がビリビリと痺れるような感覚を覚える魔力。イリーシャはそれを亀裂に向かって放つ。修復魔法の効果により、空に走る大きな亀裂は、徐々に小さくなっていった。
「いいぞ! その調子だ!」
そして、この修復魔法の存在に、ギデオンとヴェロニカが気づいてこちらを振り返る。
「「――――」」
距離もあり、声こそ聞こえないが、ドミニクには娘の名を叫んでいるように見えた。
「いいぞ! イリーシャ! 亀裂が凄い速さでふさがっていきおる!」
「頑張れ、イリーシャ! お父さんもお母さんも、イリーシャのことに気づいているぞ!」
「うぅ……」
必死に修復魔法で亀裂をふさごうとするイリーシャ。
その時だった。
ドミニクたちの背後に広がる魔界の森。
その一角が、大きく動いた。
直後、
「!? な、なんだ!?」
嫌な気配を察知して、ドミニクが振り返る。
その瞬間、とんでもないモノを視界に捉えた。
「グギャアアアアアアア!!」
空を舞う黒い竜。
腕の部分が翼になり、大きな尻尾を垂れ下げている。
「ワ、ワイバーンだと!?」
魔界に住む生物の中でも、トップクラスに危険な存在。
それが、真っ直ぐこちらへ向かって飛んでくる。
「ドミニク! やるぞ!」
「や、やるって……あれと戦うんですか!?」
「お主以外に誰がやれるというのだ!」
「っ!?」
そうだ。
ここまで来て、たかがワイバーン一匹に臆してどうする。もしこのまま亀裂が広がれば、人間界にもその脅威が及ぶことになるのだ。
「ヤツを魔界から出すわけにはいかん! イリーシャたちが亀裂を完全にふさぐまで、時間を稼ぐんじゃ!」
「はい!」
ドミニクは剣を抜き、ワイバーンへと立ち向かう。
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