第45話 お嬢様とダンジョン
翌朝。
「おはようございますわ!」
早朝にもかかわらず、カタリナは元気いっぱいだった。
それだけ、ダンジョンへ向かうのが楽しみなのだろうと思ったが、その好奇心に輝く瞳にちょっと不安も感じる。
ダンジョンへ向かう前に、ドミニクは初体験というお嬢様のカタリナとメイドのイザベラに簡単なレクチャーを行った。
「何が起きるか分からないのがダンジョンです。中ではこちらの指示に従ってもらいますが、いいですね?」
「もちろんですわ!」
「本日はよろしくお願いいたします」
慇懃に頭を下げるカタリナとイザベラ。
一方、これが初顔合わせになるイリーシャ、シエナ、エニスの三人はちょっと警戒しているようで、ドミニクの背後に隠れて様子を窺っていた。
その後、ランドと荷台を宿の前まで移動させ、その説明も行う。
「こちらの荷台に乗ってください。ダンジョンはこれで移動します」
「内部まで進めるのですね」
「狭い場所はさすがに無理ですが、大抵の場所は移動可能ですよ」
「分かりましたわ!」
まずカタリナが荷台へ飛び込む。
すると、
「こ、これは……なんということ……馬車とは違ったなんとも言えない居心地の良さ……『素晴らしい』の一言に尽きますわ!」
興奮気味に語るカタリナ。
どうやら、荷台を気に入ってくれたようだ。
「よかった」
「ありがとうございます、ドミニク様」
ホッと胸を撫でおろしたドミニクのもとへ、メイドのイザベラがやってくる。
「あんなに嬉しそうなお嬢様は久しぶりに見ました」
「そうなんですか?」
「えぇ。お嬢様はお茶会とか舞踏会とか、そういったかしこまった場所よりも、ダンジョンや廃墟みたいな場所が好きなんです」
「か、変わったお嬢様ですね……」
これまで抱いてきた貴族のお嬢様のイメージを覆すカタリナの好みに、アンジェも驚いた様子だった。
「今はあのようにはしゃいでいますが、昔のお嬢様は病弱で、外へ出ることはおろか、ベッドから起き上がるのさえ困難でした。そのせいもあって、よくふさぎ込むようになってしまったんです」
「えっ!?」
今も荷台ではしゃぎ、いつの間にかイリーシャやシエナたちと打ち解けて談笑しているカタリナの姿を見ると、とても想像できない。
「きっかけは、旦那様が領土視察のお土産に買ってこられた小説でした」
「小説……?」
「はい。その小説では、お嬢様と同年代の女の子が、ダンジョンでモンスターたちに囚われた王子様を救うため、ダンジョンなどに入って戦うという冒険ものですが」
「……普通、設定逆じゃないですか?」
「……俺もそう思う」
姫を救うために少年が戦う作品ならばふたりとも知っているが、王子を救うために少女が戦うという設定は初めて耳にした。
「それからというもの、お嬢様は冒険に憧れていたんです」
「な、なるほど……」
「あと……これはお嬢様には秘密にしておいてもらいたいのですが」
そう告げて、イザベラはドミニクとアンジェに小声で話しかける。
「実は――今回のこの旅はお忍びではないんです」
「えっ? どういうことですか?」
ドミニクが尋ねると、イザベラは一度カタリナの方をチラ見してから、再び話し始める。
「旦那様の意向なんです。貴族として生まれた以上、冒険者稼業に身を置くことは許されないですし、何より、今は元気になっているお嬢様ですが、いつまた体を壊されてしまうか……そういった不安もあるのです」
「……確かに、その状態で冒険者になるというのは無理ですね」
その気になれば、家を抜け出して冒険者になることはできる。
カタリナのバイタリティを見るに、実際やりそうな感じさえあった。
――しかし、彼女はそれをしなかった。
それはきっと、自分の体のことをよく理解していたからだろう。
「この温泉街の周辺にはカルネイロ家の人間がバッチリ固めています。信頼できそうな冒険者を現地でスカウトし、お嬢様の悲願である青い流星の鑑賞に協力させるために……」
「それに選ばれたのが俺たちってわけか。……しかし、どうして俺たちなんだ? 正直、最初のあれからして印象は最悪っぽいのに」
「故意でないことは明らかでしたし、何より――奥さんや子どもと一緒に、家族連れで冒険者をしている方なら大丈夫かな、と」
「「家族連れ……?」」
一瞬、人違いではと思ったが、言われてみればこの構図は明らかに家族のそれ。
ドミニクたちは必死に否定するも、イザベラは「そんなまさか!?」となかなか信じてくれなかった。
「ドミニクさん! 早く行きましょう!」
すでに荷台の仲の空間を満喫しているイザベラからお呼びがかかる。
こうして、お嬢様の最初で最後の冒険が始まった。
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