第8話 ドラゴンの頼み事

「た、頼み事?」


 霊竜エヴァからの依頼とあって、ドミニクとアンジェはゴクリと息を呑んだ。 何か、とんでもないことをやらされるのではないかと顔面蒼白になるが、

 

「大きな誤解が生じておるようなので一応言っておくが……そんなたいしたじゃないから安心せい」

「は、はあ……」


 そうエヴァは言うが、何せドラゴンと人間では物の考えにもスケール差が生じそうでとても鵜呑みにできる言葉ではなかった。

 

「そ、それで、その頼み事ってなんですか?」

「うむ。実はのぅ――お主たちにイリーシャの両親を捜してもらいたいのじゃ」

「「えっ?」」

 

 ドミニクとアンジェは思わず顔を見合わせる。

 

「さ、捜すって……」

「あやつら夫婦は揃って未だに冒険者をしておるはずじゃ。まったく、幼いイリーシャを置いて旅に出るなど、一体何を考えて――」

「わ、分かりました。俺たちも可能な限り協力しますから」


 お説教モードに入りそうだったエヴァの話を無理やり止めるドミニク。しかし、横でそれを聞いていたアンジェにはツッコミどころがあった。


「ちょ、ちょっと待ってください! 今『俺たち』って言いましたよね!」

「……乗りかかった船だと思って手伝ってくれ」

「えぇ……」


 乗り気でないアンジェだったが、自身の膝枕で静かな寝息を立てているイリーシャの顔を見ると、断りづらいものがある。


「まあ、そうね……会わせてあげたいって気持ちはあるけど」

「ならば決まりじゃのぅ」


 明言を避けたあやふやな発言であったが、エヴァには了承したと思われたようだ。アンジェはすぐに「まだ決めたわけではない」と抗議しようとしたが、再び視界にイリーシャが入り込み、その言葉をグッと呑み込む。


「しょうがないわね。手伝ってあげるわ」

「うむ! そうと決まれば、この屋敷は本来の持ち主だというドミニクへ返すとするかのぅ」

「そのことなんですが……エヴァさんもイリーシャも一緒にここへ住みませんか? 居候ということで」

「! それは願ってもない話じゃが……よいのか?」

「はい。それに、両親捜しをするなら、近くにいた方がいいと思って」

「すまんのぅ。感謝するぞ」

 

 交渉成立。

 本来、契約を交わしたドミニクがこの屋敷の所有者であるが、ドラゴンであるエヴァやイリーシャには関係のないこと。外へ放り出すのも忍びないし、何よりエヴァの願いを聞き入れるなら同居した方が手っ取り早い。


「じゃあ、俺たちは一度町へ戻ります。荷物を取ってこないといけないので」

「人間の町か……のぅ、ドミニクよ。ワシも連れて行ってくれんかのぅ」

「えっ? エヴァさんを?」


 小さくてしかも霊体になっているとはいえ、ドラゴンを町中に連れていくのは混乱を招くと思われた。が、エヴァには秘策があるらしい。


「安心せい。透明化できるから誰にも見つからずについていけるぞ」

「ま、まあ、それなら」

「一度人間の町を見てみたかったんじゃ」

「透明になれるなら、ひとりでも行けたのでは?」

「解説役は必要じゃろう?」

「……なるほど」

 

 その解説役を自分にやらせるのだな、とドミニクは思った。

 


 話がまとまったところで、一旦ジョネスの町へ戻ることにしたドミニクたち。

 ローブで角と耳を隠しながらイリーシャも連れていこうとしたが、まったく起きる気配がなく、やむを得ず置いていくことに。


「いやいや、実に楽しみじゃ」


 肩を並べて歩くドミニクとアンジェに挟まれた小さな霊竜エヴァはニコニコと笑みを浮かべて上機嫌だった。


「そんなに楽しみなんですか?」

「まあのぅ。以前から行ってみたいと思っておったからな」


 とうとう鼻歌まで歌いだした霊竜エヴァ。

 その様子を微笑ましく眺めるドミニクとアンジェ。

 すると、


「見つけたぞ!」


 怒りの感情が混じった男の叫び声。

 それは間違いなく、ドミニクたちに向けられたものだった。


「だ、誰だ!?」


 明らかな敵意を向けているその男は、茂みの中から姿を見せる。さらにひとりではなく、取り巻きの男を合わせると全員で六人だった。

 男たちを従える人物に、ドミニクは見覚えがあった。

 というか、決して忘れられない相手だ。


「ペドロ!」

「元気そうですねぇ、ドミニクさん。今日はデートですか?」


 泥酔したドミニクに屋敷を売った男――ペドロであった。

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