第41話 温泉街イヴァン
大都市ゴルトーを出たドミニクたちはラドム王国へ向かっていた。
これまでの道のりでもっとも遠く、そして険しいというだけあり、荷台には多くの物資が積み込まれている。
厄介なのはこれを狙ってくる盗賊の存在。
とはいえ、実力的にはドミニクとイリーシャのふたりがいれば何も問題はないのだが、襲われたことで到着におくれが生じることはできるだけ避けたかった。
というわけで、警戒をしながら進む一行だったが、その厄介な存在は特に現れず、順調に進んでいった。
その原因は、道が綺麗に整備されているのと、道中に騎士団の演習場や詰所があるからだろう。
ラドム王国にとって、隣国の領地ではあるが、大都市であるコルドーと結びつきが薄れてしまうことは望ましくないと考えたのだろう。
おかげで、ラドム王国への道のりは安全そのもの。
なんの問題もなく、本日泊まる宿がある温泉地・イヴァンへ到着した。
「おぉっ! 凄いな、これは!」
着いて早々に、ドミニクは街の様子に驚かされた。
あちこちから煙が立ち込め、独特の匂いが漂ってくる。
滞在している種族はまちまちで、皆どこかのんびりとした顔をしていた。これも温泉効果なのだろうか。
ドミニクたちはまず街の入口近くにある紹介状を訪ねる。
ここで、本日空きがある宿屋をチェックするのだ。
このイヴァンにある宿屋の数は全部で二十五。
普通の街に比べたら十倍近い数だ。
「本日は……これだけの店が空いているよ」
紹介所の男性から提示されたのは十四の宿屋。
その中でもっともお値打ちな宿へ泊ることにした。
ドミニクたちが訪れたのは街の北側。
宿へ入る前に、ランドを専用の小屋へ預け、必要な物は持ち出す。
それから暖簾をくぐった先にはひとりの人物が立っていた。
「いらっしゃいませ~」
そう言って出迎えてくれたのは老婆だった。
老婆はドミニクたちを見るなり、
「ご家族総出でご旅行ですか? でしたら部屋はひとつでいいですね」
と尋ねてきたが、アンジェがこれを赤面しながらすぐさま否定。部屋はドミニクと女性陣という形で二部屋とるようにしたのだが、
「……あの、ドミニク」
「どうした?」
「今後、旅の資金は可能な限り、残しておいた方がいいと思うのです」
「その点については大いに賛成だ」
「ですので……あの……部屋はひとつでいいかと」
「!?」
ドミニクが本当にそれでいいのか聞き返すよりも先に、
「はい! ひと部屋分ね!」
老婆は元気いっぱいに部屋の鍵を寄越した。
「みんなで一緒のお部屋って、なんだか楽しみですね♪」
「楽しみに♪」
「楽しみね~♪」
シエナ、イリーシャ、エニスの三人はすっかりその気になっている。むろん、彼女たちはなぜドミニクが待ったをかけようとしていたのか、その真意を知らない。
「あきらめるしかないのぅ、ドミニク」
「そ、それは……」
「そんなに私と同じ部屋は嫌ですか?」
「いやいや! 断じて違うよ!」
「なら問題はありませんね」
悲しげに言うものだからついつい否定したが、アンジェはケロッとした様子で鍵を受け取ると、子どもたちと一緒に部屋へと歩きだした。
女心はよく分からない。
心からそう呟くドミニクであった。
◇◇◇
部屋へ入ってからはしばしまったりとしていた。
五人部屋ということもあって、かなり広い部屋だ。これに食事と温泉がついてくると考えたら、かなりお得な宿だと言える。
窓から望む景色は素晴らしく、子どもたちは顔を並べ、瞳をキラキラと輝かせながら見入っていた。
「はあ~……やぁっとまったりできる」
一方、御者として、盗賊やモンスターの襲撃があってもすぐに対応できるよう、ずっと気を張っていたドミニクはもうヘトヘトだった。途中でこの道がかなり安全であると知れたからまだよかったものの、さすがに疲れ切っていた。
「お疲れ様でした」
そんなドミニクへ、アンジェがお茶を淹れる。
「緑色のお茶とは珍しいね」
「この辺りの特産らしいですよ?」
「どれどれ。――うん。独特の苦みがあるけど、クセになる味だな。それに、なんだか飲んでいると心がホッとする」
「ホントですね~……」
大人ふたりがまったりしていると、
「ドミニクさん、温泉に入りましょう!」
「入ろう」
「入るわよ!」
子どもたちの興味は絶景から温泉へと変わっていた。
「夕食までに一度入りましょうか」
「そうするか」
ドミニクたちは宿を満喫するため、まずは温泉へ向かうことにした。
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