第36話 接触
想像とは違い、評判最悪の銀狐。
それは先代のあとを引き継いだ二代目に問題があるようで、イリーシャの両親がパーティーを抜けた理由の一因でもあるようだった。
無用なトラブルは避けたい。
そう思うドミニクは、人当たりの良さそうな人物――初老の男性に話しかけた。
「あの、すみません」
「はい?」
「実はちょっと聞きたいことがありまして」
「はあ……」
なんとも覇気のない人物だった。
「えっとぉ、前にそちらの銀狐に所属していたギデオンとヴェロニカという夫婦について知りたいのですが」
「!? ギデオンとヴェロニカ!?」
それまで、うっすらとしか開いていなかった男の目がカッと見開かれ、声を震わせながら叫んだ。
彼だけではない。
周りで準備を調えていた者たちも同じような反応で、ドミニクたちの顔を見ながらヒソヒソ話をしている。
ドミニクは咄嗟にマキシの方を振り向く。この辺りの冒険者事情に詳しいマキシならば、銀狐のメンバーがなぜこのようなリアクションを知っているか分かるかもしれないと思ったからだ。
――しかし、結果は不発。
マキシ自身も理由は分からないようで、物凄い拘束で首を横に振っている。
すると、
「なんだぁ? 胸糞悪い名前が聞こえた気がしたが……」
奥のテントからひとりの男が出てきた。
上半身は裸で、体には無数のタトゥーが見える。
目つきは獰猛な獣のそれ。
そして何より――誰がどう見ても不機嫌だった。
「ベイツさん!」
最初に声をかけた男が口にした名前。
ひと回り以上も年下であろう男の名前を「さん」付けで呼んでいることから、恐らくこのガラの悪い男が例の二代目なのだろう。
その二代目がなぜ不機嫌なのか――きっと、ドミニクがギデオンとヴェロニカの名前を出したからだろう。やはり、あのふたりと何か揉めたことがあるようだ。
「てめぇ……なんであのふたりのことを知りたい?」
「会いたいという子がいるんだ。かつて、このパーティーにいたんだろう?」
「さあて、どうだったかなぁ?」
ドミニクを小馬鹿にしたような態度を取るベイツは「とっとと失せな」とだけ吐き捨てて仲間と共にダンジョンへと入っていった。
必死に呼び止めるドミニクだが、ベイツは聞く耳を持たず、スタスタと前進。まったく話そうとはしなかった。
「くそっ……」
「最悪ですね」
ベイツの背中に向かって「べっ!」と舌を出すアンジェ。
「さて……どうするんじゃ、ドミニク」
エヴァの問いかけに、ドミニクはフンと鼻を鳴らしてから、
「このままでは引き下がれませんよ。追いかけます」
決意表明。
「それでこそドミニクよ」
隠れていた妖精エニスが肩にとまってドミニクの決意を後押しする。
「私も応援しています!」
「頑張る」
シエナにイリーシャもヤル気満々だ。
――と、そこへ、
「あ、あの」
ランドと共にダンジョンへ乗り込もうとしているドミニクたちへ声をかけたのは、最初に話しかけた初老の男性だった。
「どうかしましたか?」
「あ、いや、みなさんはギデオンとヴェロニカを捜しているんですよね?」
男性は小声で尋ねる。
「え、えぇ」
「リーダーのベイツさんはパーティーを抜けたふたりをよく思っていないので、私が知っていることを全部お話します」
「えっ!?」
思いもよらぬ提案だった。
「し、しかし、いいんですか? リーダーの意向に背く形になるんじゃ……」
「あのふたりには世話になりましたし、それに……」
男性の視線はイリーシャに注がれた。
「あの子……ふたりの娘じゃないですか?」
「! え、えぇ、イリーシャというんです!」
「やっぱり……いえね。あのふたりが遠くの町に置いて来た娘の話をよくしていたので、もしかしたらと思って」
どうやら、両親はイリーシャのことを気にかけていたようだ。
それが分かっただけでも収穫だが、この男性はふたりの情報について教えてくれるという。
「ここではメンバーの目もあるので、場所を変えましょう。あと少ししたら、町へ買い出しに行くこととなっています。その際、合流ということで」
「分かりました。場所は検問所近くにある宿屋でどうでしょう?」
「問題ありません。では」
リーダーとは話をできそうになく、少し焦ったドミニクだが、この男性が情報を提供してくれるということでひと安心。
ドミニクたちは男性と合流すべく、一旦街へと戻ることにした。
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