第54話 ドミニクとイリーシャの覚悟
ラドム王国騎士団をまとめるトップ――ヴィンクラー騎士団長のもとに、ドミニクたちは立っている。
さすがは歴戦の勇士。
そう思わせるだけの迫力が、目の前に立つ初老の男性には備わっていた。
「……連れて来たということは、合格させたわけか」
「え、えぇ」
少し緊張感のある声で、ハインリッヒが答える。
直後、彼に背中を押されたドミニクが、一歩前に出てヴィンクラーの前へ。
「ほう。随分な優男じゃないか。おまえが認めたということは相当な腕前なのだろうが……そうは見えんな」
「自分も、最初はそう思っていました。しかし、直接戦ってみて、彼の強さに驚嘆したのは事実です」
淀みなく告げるハインリッヒ。
それを受けて、ヴィンクラーは二、三回小さく頷いてから笑顔を見せる。
「いいだろう。ならば、彼は君に一任していいな?」
「はい。お任せください」
「うむ……」
ヴィンクラーはそれだけを告げる。
その時、彼の秘書だという女騎士が部屋を訪ねてきた。どうやらこの後、城で会議があるらしく、それに出席しなくてはならないという。
「すまんが、そういうわけなので失礼させてもらうよ」
さすがは騎士団長というだけあって、多忙を極めているらしい。
だが、去り際にヴィンクラーは、
「そっちの子と合わせて、期待しているよ」
そう言って、チラッとイリーシャを見た。
騎士団のトップならば、ギデオンとヴェロニカのことは当然知っているだろう。娘のイリーシャの件についても、ハインリッヒから伝わっているだろう。
それら情報を合わせての「期待している」という言葉に、ドミニクは胸が熱くなった。
わずかな時間ではあったが、騎士団長ヴィンクラーと顔を合わせて話をできたことは、ドミニクにとてもいい経験になった。
その後、一行は騎士団の詰所へと移動。
目的はハインリッヒが率いる遠征部隊のメンバーと顔合わせをするためだ。
メンバーは三人と小数だが、全員が鍛え抜かれたエリート騎士だという。
そんな三人との初顔合わせは、詰所の外で行われることに。
「あれ? 隊長、今戻ったんすか?」
三人の中でもっとも若く、軽い口調の男――ファビオ。
「随分と長かったですね」
長い黒髪の切れ長の目が特徴的な女性――リノン。
「うん? そちらの人たちは?」
ムキムキの筋肉が目を引く男――ガスパル。
この計三人である。
「昨日言っておいただろう? 入団審査をしにカルネイロ家へ行くと」
「そうでしたね。――って、じゃあ、そこにいる全員が!?」
ファビオは驚きながらドミニクたちを指差す。
「当然ながら全員じゃない」
「ま、まあ、ですよね。女性に女の子ばかりですし」
ホッと胸を撫でおろしたのは同じ女性のリノンだった。
さらに、ガスパルが続く。
「そちらの男が新入りですか?」
「そうだ」
「はあぁ……なんというか、それっぽく見えないっすね」
「だが、実力は本物だ。危うく俺が倒されかけたんだからな」
「「「えぇっ!?」」」
ハインリッヒの放った衝撃のひと言で、三人は硬直。部下として、もっともその実力を近くで見てきたからこその驚きと言えた。
「あの隊長を追い込むなんて……」
「人は見かけによらないわね……」
「で、では、最後のひとりはそちらの女性ですか?」
ガスパルの言う最後のひとりとはアンジェのことを指しているようだが、もちろんそれは違う。なので、ハインリッヒはすぐさま訂正した。
「あの子ではない。こっちの小っちゃいのが新メンバーだ」
「「「ええぇっ!?」」」
ハインリッヒの腰の位置くらいに頭がある少女イリーシャ。なぜかドヤ顔でピースサインをしているこの子が、ふたり目の入団者であった。
「さ、さすがにそれはおかしいっしょ!?」
真っ先に異を唱えたのはファビオだった。
「異種族みたいっすけど、だからってこんな小さな子を――」
「む?」
「あ!」
異種族。
その言葉に、リノンとガスパルが反応する。
――いや、厳密に言うと、言葉に加えてその特徴的な耳と角が大きなヒントになったのだろう。
「あ、あの、ハインリッヒ隊長」
「なんだ、リノン」
「もしかしてその子は……ギデオンとヴェロニカの――」
「ああ。娘だそうだ」
「!? や、やはり!?」
「わあっ! そっくり♪」
ガスパルとリノンはイリーシャへ視線を注ぐ。いきなり注目の的となったイリーシャは、恥ずかしいのかドミニクの背後に隠れた。
「この子は戦闘力もさることながら、修復魔法も扱えることが分かった」
「「「!?」」」
三人の顔色が変わる。
修復魔法がいかに貴重な存在であるかが分かるリアクションだった。
本来なら、もっと慎重に議論を交わして、旅の同行を許可するのだろうが、もはやそれを行っている猶予さえないようだ。ドミニクは先ほどの騎士団長ヴィンクラーの態度を見てそれを察していた。
そうした事情がある中で、ヴィンクラーはドミニクたちに「期待している」という言葉を贈った。
きっと、それは本心から出た言葉なのだろう。五剣聖のひとりであるハインリッヒが認めた逸材に、喉から手が出るほどほしい修復魔法の使い手。しかし、裏を返せば、それはなんの実績もない自分たちに期待せざるを得ないほど逼迫した現状であるとも言えた。
そして、その状況はもちろん、目の前にいる三人の騎士も重々承知している。
「じゃ、じゃあ、この子は……」
「旅に同行させるぞ、ファビオ。ギデオンとヴェロニカにとっては助けになるだろうし、それに……この子が両親にずっと会いたがっているそうなんでね」
ハインリッヒがそう告げると、今度は全員の表情が曇る。
恐らく、三人とも思うところがあるのだ。
「……分かったっすよ。修復魔法が使えるなら、きっとあのふたりの助けになるっすからね」
「そうね。それに……あのふたりも、きっと自分の娘に会いたがっているはずよ」
「では、明日からの遠征にはこの子たちも……?」
「そのつもりだ」
そうなることを予想していたガスパルであるが、実際に告げられるとにわかには信じられなかった。
「さて、それじゃあまずは、軽く自己紹介でもしておくかな」
ハインリッヒの提案により始まった自己紹介。
ドミニクやイリーシャだけでなく、アンジェやシエナ、そして妖精族のエニスも自己紹介を終えると、ハインリッヒ隊の三人がそれぞれ名乗っていった。
それからは明日からの動きを確認するミーティングに移行。
途中にあるヘイダルという町で補給部隊と合流し、そのまま目的地まで移動する手筈となっていた。
移動時間は合わせて二日を予定しているという。
ほぼノンストップで丸二日――それはかなりキツイ遠征となりそうだ。
「…………」
ドミニクは熟考し、幼いシエナや妖精のエニスだけでも、王都へ残った方がいいかもしれないと思い、「ここからは先は過酷な旅になるから、王都に残って待っていてもいいぞ」と伝えるのだが、返って来た答えは「NO」だった。
「私たちも行きます!」
「最後まで付き合わせてよ!」
「シエナ……エニス……」
結局、ドミニクはふたりの強い意思を尊重することにした。
「やれやれ、面倒を見きれるのか?」
「こうなったら全力で取り組むまでですよ」
「ふっ、いい心構えじゃな」
霊竜エヴァも、ドミニクの心意気を買った。
こうして、晴れて全員揃った状態のまま、ドミニクたちはイリーシャの両親が待つ次元亀裂が発生している現場へと向かうことになった。
「ドミニクたちも、今日はもう休め。明日の早朝には、現場に向けて出発するからな」
「分かりました」
ハインリッヒからの指示により、今日はここで解散し、明日に備えることとなった。
◇◇◇
翌朝。
集合は早朝とのことで、早くに目覚めたドミニクだったが、さすがに早すぎたようでまだ朝霧が周囲を包んでいた。
「よっと」
ラドム王国騎士団の詰所にある一室。
ここに泊まらせてもらったのだが、部屋がひとつしか空いていなかったため、ドミニクたちは全員でこの部屋へ泊ることに。
騎士団の面々は驚いていたが、冒険者稼業をしていればこういった事態は多く起きるし、何より、ドミニクたちは旅の途中でいつもこうしていた。なので、もうほとんど抵抗感はなくなっていたのだ。
ドミニクはみんなを起こさないように気をつけながら部屋を出ると、騎士団詰所の中庭へと出た。
そこには先客がいた。
「お? イリーシャ? それにエヴァさんも」
「ドミニク……」
「なんじゃ、早いのぅ」
「ふたりこそ」
どうやら、自然に早起きしてしまったのはドミニクだけではなかったようだ。
「いよいよだな、イリーシャ」
「う、うん……」
やはり、イリーシャは緊張しているようだ。
両親に会う――という目的に限定すれば、まだ心の構え方などが違っただろう。しかし、ハインリッヒからは次元亀裂の修復を期待されており、それが少なからずプレッシャーとなっているようだった。
「大丈夫だよ、イリーシャ」
ドミニクは不安そうにしているイリーシャの頭を優しく撫でた。
目を細めてそれを受けているイリーシャ。
その様子を、エヴァは優しげに見つめていた。
人とドラゴン――種族の違いはあるが、孫と祖母という関係に変わりはないようだ。
その後も、朝霧が消えるまで、ドミニクはイリーシャやエヴァと会話を楽しんだ。
――そして、いよいよ旅の最終目的地である次元亀裂の現場へ向けて出発する。
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