第6話 霊竜エヴァ

 ドラゴンの角にエルフの耳を持つ少女。

 そして、声だけしか聞こえない家主と語る謎の存在。


 どこから処理すべきか悩むドミニクとアンジェ――そんなふたりを見かねてか、老婆の声が質問を投げかけてくる。


「ここへ何しにきたのじゃ?」

「あ、え、えっと、俺たちは不動産屋からこの屋敷を買った者です」

「なんと! 物好きなヤツじゃなぁ!」


 驚く老婆(声)。

 しかし、ドミニクとしては欲しくて買ったわけではない――が、その事情を説明するのはあのトラウマ級のショックを呼び起こすことになるので、この場では割愛。


「まあ、確かにこの屋敷は広いからのぅ。ただ……」

「ただ? なんです?」


 アンジェが問うと、老婆の声は少しためらったのち、


「新婚夫婦が暮らすにはちと広すぎんか?」

「「!?」」


 どうやら老婆の声はドミニクとアンジェを夫婦と思っているらしい。


「ああ、そういえば、人間は交尾の際にやたらと喚き散らすと聞いたな。それならばこの広さの屋敷を購入したのも頷ける。周りを気にせず思う存分、叫べるからな」

「ち、違います! 私たちはそんな関係じゃありません!」

「そ、そうそう! ただの冒険者と情報屋だ!」

「大体! 私はここに住む気なんてありません!」

「ふむぅ? そうなのか?」


 顔は見えなくても明らかに疑いの眼差しを向けられているのが分かる声だった。

 その時、今まで静かだった少女が口を開く。


「お兄さんたち、誰?」


 キョトンとした顔でドミニクとアンジェを交互に見やる少女。

 すると、


「イリーシャ、おまえは少し席を離れておるのじゃ。――ワシが直接話そう」


 と、言った瞬間、ふたりの目の前で一瞬眩い閃光が視界を覆う。

 それがなくなって、ゆっくりと目を開けると――そこには、


「うむ。やはり顔を見て話すのが一番じゃな」

「「ドラゴン!?」」

 

 ふたりは同時に大声を放つ。

 何せ、目の前には掌に収まるほどのサイズをした半透明のドラゴンが宙を浮いていたのだから。


「な、なななな、なんで!?」

「落ち着かんか、女」

「いやぁ、この状況で落ち着ける人なんてそうそういないと思いますよ?」


 努めて冷静にドミニクが言う。


「そうかのぅ? まあ、ドラゴンなんて珍しいといえば珍しいからな」

「え、えぇ……」

「お主もそんなに緊張せんでいい。おっと、まだ名乗っておらんかったな。ワシは霊竜エヴァじゃ」

「あ、ドミニクと言います」

「ア、アンジェです」


 ふたりはこれまた揃ってペコリと頭を下げた。

「ドミニクとアンジェか。覚えたぞ」

「ど、どうも――って、霊竜というのは?」

「聞いたことないか? 説明すると長ったらしいのじゃが……言ってみれば肉体を持たぬ魂だけの存在となったドラゴンじゃな」

「そ、そんな存在が……」


 にわかには信じられないが、こうして目の前にいる以上、信用するしかなさそうだ。


「あ、じゃ、じゃあ、エヴァさん」

「なんじゃ?」

「そっちの子は……?」


 恐る恐るドミニクが尋ねると、老婆ボイスのドラゴンことエヴァは、


「ワシの孫娘のイリーシャじゃ」


 とあっさり答える。


「「孫娘!?」」

「うるさい番じゃな」

「「番じゃないです!」」


 綺麗に声が揃うふたり。

 その時、近くのソファに腰を下ろしていたイリーシャがジッとアンジェを見つめていることに気づく。


「えっ? な、何ですか?」

「ん」


 イリーシャは自身が座るソファを手でバシバシと叩いている。そのアクションが示すこととは――


「も、もしかして……横に座れ、と?」

「ん」


 深々と頷くイリーシャ。

 どうやら正解らしい。


「えっとぉ……」


 アンジェはチラリとドミニクへ視線を送る。

 対して、ドミニクは何も言わずにただ頷いた。その後でエヴァへも視線を移すが、その反応はまったく同じ物だった。


「じゃ、じゃあ……」


 イリーシャに促されるまま、アンジェは隣に座る――と、

 ポスン、という心地よい衝撃がアンジェの太ももに走る。


「んなっ!?」


 驚きのあまり奇声を上げるアンジェ。

 体勢的に、イリーシャに膝枕をしてあげている状態となっていた。


「ふふふ、イリーシャめ。人肌が恋しかったようじゃな」


 孫を見守るお婆ちゃん状態となったエヴァ。

 いきなりの膝枕に動揺しまくりのアンジェ。

 そして静かに寝息を立てだしたマイペースなイリーシャ。


 事態を収拾し、話を進めるのは大変だ、と思いつつ、ドミニクはひとつ大きく深呼吸をするのだった。

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