第24話 思わぬ援軍

「ごあぁっ!」


 冷静に戦おうと心がけていたドミニクであったが、その考えがまとまらないうちに、双頭の熊は物凄い勢いで突進してくる。

 デカい。

 それがドミニクの抱いた、ダブルヘッド・ベアの率直な印象だった。


「敵さんはヤル気満々みたいだねぇ」

「迎え撃ちます!」

「その通り! 下手な小細工は不要! ああいうパワータイプにはパワーで勝ってこそ喜びがあるってものじゃろう!」


 ドミニクは剣を構える。

 霊竜エヴァが憑依している今は、全身から力があふれ出してくるような感覚になっており、誰が相手でも負けないという自信があった。


 ゆうに三メートルはあろうかというダブルヘッド・ベアを相手にしていても、怯む様子なく立ち向かえるのはそのためだ。


「うおおおっ!」


 威勢よく向かっていくドミニク。

 だが、ここでダブルヘッド・ベアは意外な行動に出る。


「があっ!」


 急にその場に立ちどまったかと思うと、右前足で地面を強く蹴り上げた。それにより、大量の砂や石がドミニク目がけて飛んでくる。


「目潰し!?」

「こしゃくな!」

 

 ドミニクは咄嗟に真横へと飛び退く。それによって大きく態勢が崩れ、隙が生じた。ダブルヘッド・ベアは鋭い爪をドミニクへ向ける。


「「ドミニク!」」


 アンジェとイリーシャが叫び、駆け寄る。シエナは目を閉じてランドへしがみつき、そのランドもドミニクを助けようと突っ込んでくる。

 ――が、とても間に合わない。

 ドミニクは咄嗟に防御魔法を展開しようとしたが、



「頭を下げろ!!」


 

 絶望するドミニクの背後から声がした。

 ドミニクは咄嗟にその指示に従って、身をかがめる。

 すると、頭上をヒュッという音を立てて何かが通過した。


「があっ!?」


 それは矢だった。

 しかも、ただの矢ではない。

 地面に刺さった途端、煙が出て、ダブルヘッド・ベアを包み込んだ。


「があっ! がああっ!」


 煙を嫌がるダブルヘッド・ベアは身を翻し、ダンジョンの奥へと消えていった。


「た、助かったか……」


 安堵のため息を漏らすドミニク。

 そこへ、矢を放った命の恩人とも言うべき男が近づいて来た。


「大丈夫か? ダブルヘッド・ベアに怯まず挑んでいく勇敢さは大いに買うが……ちょっと無謀だったな」


 尻もちをつくドミニクへそっと手を差し伸べる男性。

 年齢はドミニクよりも少し年上――二十代後半だろうか。

 派手な金髪のツンツン頭に細い目。一見するとおっかない風貌だが、話してみると気さくでいい人そうだ。


「ここは初めてかい?」

「え、ええ、旅の資金を稼ごうと、ダブルヘッド・ベアの討伐クエストを……」

「それは悪いことをしたな。……しかし、そいつはちょいと控えてもらいたい」

「えっ? それはどういう――」


 ドミニクが言い終える前に、男性はある場所を指差す。

 そこには、先ほど撤退したダブルヘッド・ベアの姿があった。

 よく見ると、その足元にも動く影が。


「赤ん坊だ」

「! じゃ、じゃあ……」

「凶暴になっていたのは子どもを守るためさ。それを知らずにうっかり巣に近づいたヤツが襲われて、駆除対象になったみたいだな」

「そ、そうだったんですね……」

「図体こそデカいが、ダブルヘッド・ベアっていうのは元来大人しい性格でめったに人を襲ったりはしない。正直、モンスターってジャンルに属するのも俺はどうかと思っている」


 ため息交じり語る男性。

 となると、このままここにいると別の冒険者の標的になる可能性がある。

 どうしたものかと悩んでいると、イリーシャが突然走りだした。

 その進行方向にはダブルヘッド・ベア親子が。


「! イ、イリーシャ!?」

「お嬢ちゃん! 危ないぞ!」


 ドミニクはイリーシャを止めに走り、男性は再び矢を構えた。

 と、


「がうがうがう!」


 突然吠え始めた。


「か、彼女は何をしているんだ?」

「さ、さあ……」


 あまりに突拍子もないイリーシャの行動に、ふたりは救助活動も忘れて棒立ち。

 だが、話しかけているダブルヘッド・ベアはイリーシャに危害を加える様子がない。それどころか、まるで彼女の言うことに聞き入っているようにさえ見える。


「! まさか……説得している?」


 ふと、ドミニクはその可能性を口にする。


「説得? どういうことだ?」

「ここにいると狙われて危険だから、ダンジョンのもっと奥へ巣を作った方がいいってアドバイスを送っているんじゃ……」

「まさかそんな――」


 男がドミニクの考えを否定しようとした瞬間、信じられない光景が飛びこんでくる。


「おいおい、マジか……」


 なんと、ダブルヘッド・ベア親子は並んでダンジョンの奥へと歩いていったのだ。

 男ふたりはその真意を確認するため、イリーシャへと駆け寄る。


「イリーシャ、もしかして今……」

「説得していた」


 端的に自身の行動を説明するイリーシャ。

 すると、


「だっはっはっ! こいつはぁ凄ぇや!」


 男は突然大爆笑しだした。


「モンスターと会話ができるとはねぇ。いや、できたとしても、向かっていける度胸があるっていうのが信じられん。――うん?」


 笑い続けていた男だったが、イリーシャの顔を見るとピタッとそれが止まる。

 そして、衝撃のひと言を放った。




「君は……ヴェロニカに似ているな」

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