第2話 一夜明けて

次回は明日の朝7:00頃!



「ん~……うあっ?」


 翌朝。

 目を覚ましたドミニクは自宅のベッドで横になっていた。

 どうやら誰かがここまで運んでくれたらしい。


「……はっ! そうだ! 虹鉱石!」


 一億ギールの行方が気になったドミニクは慌てて家の中を探す。


「俺は何をやっているんだ! あれが盗まれたりでもしたら……」


 どんどん顔が青ざめていくドミニク。その時、窓に何やら影が。


「! ランド!」


 窓を開くと、そこにはドミニクが仕事のパートナーとして大事に飼っている愛羊のランドがいた。

 このランド、冒険者用に品種改良された羊で、その大きさはニメートル近くにもなる。巨大で歪にゆがんだ角を武器に暴れ回れば、そこら辺にいるザコモンスターくらいならあっという間に始末してしまう。その一方で忠誠心が強く、一度主人に認められれば離れていくことなどほとんどない。おまけに毛皮はふっかふかのもっふもふで、これを目当てに飼っている者がいるくらいだ。


 そんなランドの足元に、探していた虹魔鉱石が落ちていた。


「お、おまえ……もしかして夜通し守ってくれていたのか?」

「めぇ~♪」


 どうやら主人が大切に持ち帰った宝を守っていたようだ。

 それに気づいたドミニクは「よくやったぞ~」とゴーウェルのもふもふの毛皮を堪能し、早速売りだすためにギルドへと向かおうとした――が、その時、コンコンと家のドアをノックする音がした。


「はいは~い」


 テンション高めにドアを開けるドミニクだったが、目の前にたたずむいかつい男たちを目の前に表情が一瞬で曇った。

 すると、屈強な男たちに囲まれた小柄な片眼鏡の男が口を開く。


「ドミニク・ウォルスさん。約束の品を受け取りに来ましたよ」

「え? 約束の品?」

「おや~? お忘れですか~? でしたら、もう一度名乗っておきましょう。わたくし、このジュネスの街で不動産業を営んでおります、ペドロと申します」


 不動産屋を名乗る小柄な片眼鏡の男は、なんとも言えないいやらしい笑みを浮かべながら話を続ける。


「わたくしの名前はお忘れのようですが――まさか、昨夜酒屋で取り交わした契約……まさかこっちは忘れてなどいませんよねぇ?」

「け、契約って……」


 ドミニクは男が掲げた一枚の紙に書かれた内容を読み進めていく。それは家の売買に関するものらしく、ドミニクが一億ギールの大豪邸を購入するとなっていた。


「い、一億ギールの豪邸!?」

「そうです。何せ、あの勇者の聖剣にも使用されたと言われる虹魔鉱石を、あなたはあのような萎びたダンジョンから持ち帰ったのです。そんな凄い冒険者にはそれくらいの価値がある豪邸に住むのが筋というもの」

「ちょ、ちょっと待ってくれ! そんな大豪邸を買うなんて契約は――」

「『していない』などとは言わせませんよ? ここにきちんと契約書があります。あなたの魔力が込められたペンで書かれたサインがバッチリ残った契約書がね」

「ぐっ……」


 魔力とは厳密にいうとひとりひとりで質が異なる。そのため、個人証明などに使われることがあるのだが、それによると、小柄な片眼鏡の男――ペドロが手にしている豪邸を購入したという契約書にはドミニクのサインがあるらしい。


「そ、そんなバカな……俺はそんな契約をしていない!」

「ここまできてそのような言い訳が通用するとお思いで?」

「あ、あの日は酒を飲んでいて記憶が……」

「でもこうしてサインの記された契約書がある。これが何よりの証拠じゃないですが」

「そ、それは……」

「購入を納得できないとなると……こちらもこういった手を取らざるを得ませんな」


 ペドロが指をパチンと鳴らすと、取り囲む屈強な男たちはそれぞれ武器を手にした。これは明らかに脅し行為だ。


「とにかく俺は認めない……そんな契約認められるか!」

「でしたら裁判でもしますか? もっとも、このような住まいに暮らすあなたに費用が払えるとは思えませんし、裁判中に仕事がなくては生活もままならない。第一こちらにはあなたの魔力を込めた魔法文字のサイン入り契約書がある。これをひっくり返せるような証拠でもおありですかな?」

「…………」


 完全にドミニクの反論は叩き潰された。

 ペドロは言葉に詰まって俯くドミニクに対し、肩をポンと叩きながら小声で諭すように言った。


「今回は諦めなさい。君の経験不足が招いた失態だ。高い授業料になったが、これで次からは警戒心が強く働くだろう」

「……何? どういう意味だ?」

「分からないかい? ――また次頑張れというエールじゃないか」

「っ!?」

 

 ぶん殴ってやろうと拳を作った手を振り上げるが、それは周りにいた屈強な男たちによって阻止される。


 すべては相手の狙い通り。

 こちらが浮かれている隙を狙い、まんまと大金をせしめとったのだ。


 力なく座り込むドミニクに、ペドロはこう告げる。


「あ、そうそう。これが家の鍵でこっちの紙には家の住所が書かれています。豪邸には違いないので、しばらくそこで生活されたらどうでしょう」


「あっはっはっはっ!」と高笑いをしながら、家の中へと運ばれていた虹色魔鉱石を手にすると男たちを引き連れて去っていく。

 行かせまいとするランドだが、ドミニクが「やめるんだ」と声をかけると黙って男たちを見送った。ここでもし騒ぎを起こせば、ランドは危険生物として殺処分になる可能性があったからだ。

 

残されたドミニクは茫然自失。

 足元に落ちている鍵の存在に気づくまで三十分以上かかった。




 こうして、一生遊んで暮らせるだけの大金を得た冒険者ドミニクは、たった数時間のうちにそのすべてを失ったのであった。

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