第3話 思い出の場所
しばらく待ってもアリス以上に情報を持っている人は現れず、ヒールの授業を受ける日々が続いた。
「ねえヒール? 早く出てリリィを探したいのだけど……」
「旅をなめるなアリス。ちゃんと聞いておかないと後で後悔するぞ」
そう断定してみせるヒールに捕まり、三日間拘束された。
メルとヒールには付いてきてもらうのではなく、主人たちが戻ってきたら手紙を出すように、との任務を与えて、アリスとミシェルは旅に出る支度を整えた。
「まずは寝袋、そして食糧、それから……」
どんどん必要なものが出てきて、途中でメモを取ることに飽きて寝てしまっていたら、思い切りよくノートで殴られた。
「知識もなしに旅になんて出かけたら、死んじゃうからね」
その時のヒールの気配が尋常ではなかったので、アリスは仕方なく全てをメモし終えて、頭に叩き込み、荷造りを済ませた。
二人は育った故郷を出て、旅に出る。
その前に色々なところを見ていこう、ということで、二匹各々、思い出の場所を巡った。
いつも美味しいパンを焼いてくれるパン屋。ここでは何度もリリィと一緒に賑やかなテラス席でご飯を食べながら、談笑した。
次に公園。緑が多く、気持ちのいい風が駆け抜ける。皆が好きに遊んでいて、家族で遊びに来ている人も多かった。
その中で、アリスもリリィの家族だと胸を張っていられた。
今は一人。誰もいない、笑い声も聞こえない公園に、とても黒い感情が胸を支配しようとする。
「いや、だめだ!」
ここで諦めて、黒に染まってしまってはダメ。リリィはずっと困っているかもしれない。
「私が助けなきゃ」
私がリリィに助けてもらったように。
「アリス、こっちへいらっしゃい」
リリィに呼ばれて行くと、公園に大きなユリの花が咲いていた。
「わあ、綺麗……」
「ここからが本番よ」
そう言ったリリィは悪戯っぽい顔をして、アリスに笑いかけた。
「そおれ!」
リリィが掛け声をかけると、一斉に水魔法が周りに散り、太陽を反射してキラキラと輝いていた。
「わわわ」
アリスは咄嗟にそれを掴もうと走るが、一つ掴もうとすると濡れてしまい、ぺろぺろと手をなめる。
それを微笑ましそうに見て、リリィは言う。
「ここの公園では決まった時間に水魔法を使って、花々に水をあげるのよ。楽しいでしょう」
出会った頃の彼女。
緊張のきの字もない彼女に、緊張しすぎなアリス。
アリスは今日、リリィに連れ出してもらった。あの裏の世界から。裏の世界も美しいものはあったが、どうもこの世界の方が輝いて見えた。
「リリィ様、他にどんな花があるのですか?」
「リリィ様、なんて言わなくていいのよ。私達は今日から家族なんだから」
「家族……?」
本気で分からない、という顔をするアリスに、リリィが考え込む。
「えっとね……絶対にずっと好きだ、っていう人たちの事をそう言うのよ」
リリィの下手な説明でも何となくアリスには分かった気がした。その時、彼女はリリィの家族となった。
「ねえアリス、今日は川を見に行かない?」
「ねえアリス」
「アリス」
どんな時でもふらふらとどこかに連れて行ってくれるリリィがアリスはとても好きだった。
どこかに出かけるごとに何かをリリィに教えてもらえて、とても嬉しかった。
リリィは家ではほとんどのんびりしているか、仕事として薬草を調合しているかのどちらかだった。
生活力は皆無だが、綺麗好きで片づけはするものの、どこに何をやったのか分からず、アリスはよくリリィの探し物に付き合っていた。
「宝さがしみたいで面白いわね!」
何でも楽しむ癖のあったリリィは、アリスの誇りだった。
彼女はどんな時でも笑っていて、難癖をつけに来た悪質なクレーマーにすら笑いかけていた。それは馬鹿にした顔ではなかったために、クレーマーはすぐにどこかに帰ってしまうことが多かった。
後から人生相談をしてくる人だっていた。
彼女の笑みは一国の価値すらある、とそう言われるほど、彼女は常に誰かを癒し、誰からも愛されていた。
他にも色々、というよりは街中を眺める。リリィとの思い出が次々と蘇って、泣きそうになった。
「泣いてるのか?」
いつの間にやら後ろにいたミシェルが覗き込んでくる。
「泣いてないわよ!」
ミシェルを見ると、彼も目元が赤くなっていた。
「あなた……」
ギッと睨まれて、途中で言葉を仕舞わされた。
自分から言っておいてそれはないでしょ、と不機嫌になるが、それより寂しさが勝り、後ろを振り向いた。
「またね……」
次はいつみられるか分からない思い出の景色を眺め、茜色の空を眺める。
「よし! じゃあ行きますか!」
少し涙声になったのはさておき、元気に出ていったアリスに、ミシェルがやれやれと首を振って付いて行く。
そうして二匹の旅が始まった。
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