第18話 ピンチ

 しばらくしてオビが目覚めると、彼らは一人残さず縄で縛られていた。


「くそっ」

 オビも同じく囚われて舌打ちをしている。そこにルビーは近づいた。


「ねえ、こっちを向いて?」

 オビが願いを込めたような目で見ると、彼女の翼がその顔に直撃した。


「馬鹿な男」

 ルビーは言い捨てると、アリス達の元へと戻る。


「ごめんなさいアリス、ミシェル、ノエル。もう大丈夫よ」

 そう言った彼女の顔には力強さが感じられて、ノエルは耐えきれずげらげらと笑い出した。

 びっくりしている彼女にノエルは言う。


「いやごめんごめん。強いとは思っていたが、大分侮っていたと思ってな」


 そう言ってくすくすと嬉しそうに笑っているノエルを見て、ルビーもつられて笑っていた。それを見るオビの目には執着が覗いていた。


「じゃあ、情報を渡してもらおうかしら」

 ルビーがオビに向き直ると、彼はそっぽを向く。

「何か知らない?」

 彼女が顔の周りに風の渦を出してそれを彼に近付ける。


 彼は最初こそ余裕を感じさせたが、最終的には命乞いをした。

「分からないんだ! 俺らは何も教えてもらっていない! ただ魔力を貸すことと、それを使うのは魔法使いを一つのところに集めて隔離する魔法だ、ということしか知らされていないんだ!」

 悲鳴をあげるように言う彼に彼女は風を近づける。髪にまで達したそれを見て悲鳴を上げるだけの彼を見て、ルビーはようやく彼から魔法を遠ざけた。


「本当にこれ以上は知らないようね」

 そう言って振り向くと、アリスが胸に飛び込んできた。


「隔離、ですって! ルビー! やっぱり彼女たちは生きているのよ!」

 飛び跳ねんばかりに喜ぶ彼女を見て、ルビーは目に優しい色を灯す。そうね、と言ってアリスを撫でる彼女の手はとても柔らかかった。


「こいつらどうしようか?」

 ノエルが呻りながらオビを威嚇すると、ミシェルが考え始める。


「このままに出来ればそれが一番なんだが、それだと食べ物も食べられないからな……」

 うんと頷き、言う。


「ルビーの魔力がもつまではこのままで、ある程度離れて継続が難しくなったら放せばいいだろう」


「俺たちを殺さないのか?」

 そう言ってにやりと笑うオビに、ミシェルは笑う。


「君たちが私たちを追ってきてもどうせ追いつけないでしょう。私たちですらどこに行くか分かっていないのですから」

 それもそうね、と笑うアリス達をオビは呆然と見る。


「そんな調子でここまで旅をしてきたのか? 主人のために? 何故そこまでする」

 そう言う彼に、アリスとミシェル、ルビーは目を見合わせ、言った。


「だって、彼女たちにもう一度でもいいから会いたいんですもの」

 目が点になったオビを見て、アリス達は不思議そうに言った。


「あなたは違うの?」

 彼は素直にうなずいた。


「俺は別に主人がいなくなったからっていつも通りの仕事をするだけだ。

 いつも縄でぶって俺らに仕事をさせるあいつらに情なんて湧くはずもないだろう」


「縄でぶつ何て、私たちの主人はそんなことしないわよ」

 俺はされていたけどな、とノエルが言うと、彼は混乱した顔でアリス達を順番に眺めていた。


「そういう人もいるのか……」

「魔術師の中にも色々な人がいるのね……」

 アリスが逆に言うと、オビは笑って言った。

「魔術師が戦争を仕掛けたという話、案外本当なのかもしれないな」


「まあ、どっちだっていいじゃない」

 気軽に言うアリスに皆の視線が集中する。


「えっ。だって今いる人たちがやったことじゃないんだから、別にどっちでも今の人には関係なくないかしら……」

 不安そうに言う彼女をミシェルは撫でた。

「そうだな」

 予想外のところから返事が来て驚く。それを言ったのはオビだった。

「その通りだ」

 そう言ってけらけらと笑う彼を、ルビーは解放した。


「この先、どうやって進んだらいいのか、助言を頼めるかしら?」

 そう高飛車に言う彼女に、彼は笑って言った。

「もちろん。今まですまなかった、ルビー」

 そう言って頭を下げた彼から気負いは感じられなくなっていた。


「次の町は沢山の動物がいるらしいな」

 オビに教えてもらった情報を頼りに歩いていくと、とても進みやすい道ばかりだった。

 流石は商人の使い魔だと感心しながらアリス達は進んでいた。その中ミシェルが呟くように言うと、アリスが嬉しそうな声を出した。

「ええ、どんな人に会えるかしら」

 楽しみだわ、と言って飛び跳ねる彼女にミシェルは笑って言った。


「でも凶暴な人も多いと言っていたからな。あまり俺たちから離れるなよ、アリス」


「分かってるわよ」

 そう言ったアリスの目が早くも自分を見ていないことを察してミシェルはため息をついた。


「わーい!」

 そう言いながらアリスは町を歩きまわる。

「おいアリス! 離れるなって!」

 着いて沢山の獣人を見てアリスは十秒もたたずにミシェルとの約束を破っていた。


「待てこら!」

 彼の言葉が聞こえないのか、彼女はずんずんと歩いて行ってしまう。


「おっとごめんなさい!」

 ミシェルは彼女を見ていて避けるのが遅れ、象の獣人にぶつかってしまう。


「いや、いいよ。君こそ大丈夫かい?」

 落ち着いた声が上から降ってきてミシェルは胸をなでおろす。


「大丈夫です。ありがとうございます」

 そう言ってその彼と別れると、次はキリンの獣人が道を横断していた。それにアリスが跳ね飛ばされる。悲鳴を上げていたが、心なしか嬉しそうだった。

「もう。アリス!」

 見るに見かねてルビーが飛び立ち、アリスを掴んでミシェル達の元へ連れ帰らせた。


「離れるなって言ったろ!」

 一言一言区切るように言われ、アリスはしょぼんと落ち込む。しかし数秒後にはヌーの獣人を見つけてはしゃぎまわる彼女の姿があった。

「あなた達の角、凄いわね! 触ってもいい⁉」

 そう言うと彼らは面白そうに角を差し出してくれた。


「わああ!」

 楽しそうに言う彼女の手を、ヌーは興味深そうに見ていた。逆にこの町では猫が珍しいんだな、とミシェルが思っていると、もう彼女の姿はなかった。

「こら! アリス!」

 周りを見回していると、彼女の後姿が見え、慌ててそちらへ向かう。すると、突然、彼女の姿が消えた。


「えっ……?」

 一瞬固まったあと、ミシェルは走り出す。

「アリス⁉」

 彼女がいた付近を大慌てで探し回る三人。だが、彼女はどこにも見当たらなかった。

「どこへ……?」

 辛そうな顔をするミシェルを宥めて、ルビーは空へ飛び立つ。彼女の姿を探していると、もごもごと動く袋を担いで人目を気にしつつ人ごみから離れていくハゲワシの獣人の姿が見えた。

「いたわよ! あっち!」

 ルビーが大声を出すと、ミシェルがいち早く反応し、その男へ近づいた。すると、今度は彼の姿ごと消えていた。

「どこへ……!」

 ルビーが目を凝らすが、今度は見つからない。

「アリス……!」

 ミシェルが叫んだ瞬間、とてつもない魔力が放出されるのを感じた。光が散らばりあまりの眩しさに皆が目を背けると、ぼんやりと袋を持った人物が浮かび上がる。その近くにはカメレオンの獣人が立っていた。

「こいつの能力か!」

 そう言って彼は火を竜の形にして袋へと放った。とんでもない勢いで燃え盛る袋に怯えてハゲワシの獣人が手を離すと、アリスが中から転がり出る。すぐに状況を把握したアリスが風で彼らを捕えた。


「おいアリス! なんですぐに風魔法なりなんなりで逃げ出さなかったんだ!」

 ミシェルに叱られ、アリスは尻尾をしょんもりと下げる。


「だって、彼らに当ったら大変じゃない」

 あまりにも優しい彼女をミシェル達は抱きしめ、まだ光で目をくらませふらついているハゲワシの獣人へと向き直る。


「おい、何でこんなことをしたんだ?」

 ノエルが首根っこを掴んで問うと、彼は首をすくめた。


「ある人に依頼されたんだよ! 彼女を攫う様にってね! 俺は何でも屋だから、相手の事は何も知らなくても金さえ出せば何でもするのさ!」


「何も知らない、と?」

 ぶんぶんと首を縦に振る彼を見て、アリスに確認をとってもらうと、彼は嘘をついていないという結論に至った。


「誰がこんな事……」

 そう言ったアリスの目の前に、暗い夜が揺らめいた。

「獏⁉」

 途端に眠気が走り、アリス達は眠ってしまった。

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