第8話 師弟関係
アリスがノエルの方へ静かに歩く。その瞬間、ある人物が走り込んできた。
「やめて! 彼は私の兄なの!」
「ミリー⁉」
三匹の言葉が重なった。
「お前ら、ミリーと知り合いなのか⁉」
ノエルが心底驚いてアリス達に問う。
「お兄ちゃん、私、ご主人様がいなくなった後、悪魔に襲われて怪我を負っていたの。そこにアリス達が通りかかって、助けてくれたのよ!」
そう言うと、ノエルとアリスの間に割り込んだ。
「傷つけたら許さないからね」
「なんでミリーがここに?」
ミシェルが言うと、彼女は顔を俯かせる。
「部屋の奥に隠されていた兄がいなくなっていたから……」
「奥に隠されていた……?」
ミシェル達が呆然としていると、彼女は言った。
「兄はご主人に監禁されていたんです」
事情を聞くと、兄のノエルはご主人に無礼なことをしたと言って、鍵の付いた部屋に監禁されていたらしい。
無礼な事と言うのも、ミリーが蹴られている時に彼女をかばった、ということだったというのだから、アリス達は唸り声を上げる。
「なんて最低な主人なのかしら」
本当にその通り、と言って頷くミシェルを兄妹は面白そうに見つめていた。
「なんでそのことを言ってくれなかったの?」
「誰かに言ったら兄を殺す、って言ってたから……」
「いつ戻るか分からない主人に見つかりでもしたら大変だと思ったわけか」
俯いて頷くミリーをノエルが抱きしめる。
「ごめんなミリー。俺のせいでそんなに考え事させてしまって」
ミリーの目に涙が浮かぶと、アリスが堂々と発言する。
「よしっ! 決めた! リリィが戻ってきたらミリーとノエルとも契約してもらうことにしましょう! それを邪魔するなら、例え魔法使いといえ、容赦しないわ!」
そう言って呻るアリスに、兄妹は笑った。
「ありがとう、アリス」
「姉御!」
よちよちと付いてくるようになったそのノエルという茶猫は、あの後すぐに、俺も旅に連れて行ってください! だの、弟子にしてください! だのと喧しい。
平和主義のミシェルがイライラするくらいには、うるさい猫だった。
どういうわけかアリスは二つ返事で一緒についてくることを認め、弟子の方は難色を示した。
「私、感覚でしか話せないのよね」
確かにアリスが魔法を使う時は、ここに力を入れて、木の鼓動を感じて目を瞑れば同調できる、だの無茶苦茶な説明をする。
どこか抜けていて、頻繁に敵の魔法を食らってしまうのに、魔法は超一級。
そんなアリスは、もう凡人と違う感性をしているのだ、と思えるくらいだ。
「みんなが望んでいることだと勝手に思っていたけど、ノエル達みたいな獣人もいるのね……」
ノエルが食べ物をわしゃわしゃ食べながら、口を開く。
「んにゃあ。この世に当たり前のことなんてないです」
ノエルの言葉は重く二人にのしかかった。
「ごめんね」
そう言ってへこむアリスに、ノエルはうんうん、と頷いてみせた。
「だから、そのお詫びに俺を弟子にしてくれませんか?」
「それは無理」
即答するアリスに、にゃあああ、とノエルが悲しい声を上げる。ミシェルとミリーはそんな二匹の漫才のような会話を楽しそうに見ていた。
ミシェルはルビーに詳しくこの辺りの地形について尋ねていた。
「この町に行きたいんですが」
「この町はかなり遠いわね……移動魔法が使えればひとっ飛びで行けるから、主人がいるときは距離は気にならなかったけど……」
万能なアリスといえども獣人の括りからはぎりぎりはみ出していない。時空を歪ませるような魔法が使えるのは人間だけなのだ。
ミシェルに道をスラスラと教えていたルビーが、手を顎に当てて考え出した。
「どうした?」
いきなり変わった彼女の雰囲気に押されるようにして、ミシェルは身構える。
「やっぱり、私も行くわ」
「えっ!?」
リルムの声も重なる。
「この街に居たいから、って理由で旅に出るのは避けていたけど、あなたたちはその気持ちを押し込めて旅にでた。尊敬するわ。私が居た方が空から色々見られて迷子にはならないでしょう」
「そりゃあ助かるけど……」
「ほんとに⁉ まだ一緒にいられるの⁉ やったあ‼」
何と答えたらいいのか分からないミシェルと対照的に、アリスははしゃぎまくる。それを見て、ミシェルとノエルが顔を見合わせ、笑った。
「よろしく。ルビー」
呆然としていたリルムはさすがリーダーを任されているだけあって、すぐにしっかりとした風格を取り戻す。
「いってらっしゃいルビー。ここは僕たちが見張るから、心配しないで行ってきてくれ。ただし、絶対帰ってくるんだぞ?」
「ええ」
ルビーの目には涙は浮かんでいなかった。キラキラと目を輝かせる彼女に、皆驚いていた。
「この事件で成長する獣人がかなり増えそうだな。今まで主人という確かな頼る者が存在していたからかな」
それでもやっぱり、主人にはいてほしいけどな、とリルムは付け加え、にこりと笑った。
ノエルが旅についていく、ということにミリーは難色を示した。
「私のため、なのよね……?」
「強いては俺のためだ。俺は前、良いご主人に仕えていたのに、今回たまたま悪い主人に当ったために、前の記憶を無かったことにして、自分の幸せだけを願ってしまった。その報いとして、アリス達の手助けがしたいんだ」
そこまで言うんじゃ、とミリーは同意し、アリス達に向き直った。
「兄はお金持ちの家でしか暮らしたことが無いので、かなりの世間知らずです。迷惑をかけるかと思いますが、よろしくお願いいたします」
「ミリーの事は任せろ」
そう言ってリルムは胸をドンと叩く。
「彼女の主人が戻ってきたからといって、彼女を渡したりしないから安心して行ってこい、ノエル」
ノエルは彼を抱きしめ、深い礼を言っていた。
四匹となった旅の一行は、次の町へと進んでいった。彼らはリルムに獣人でない馬を貸してもらった。
「絶対主人たちを見つけ出して、返しに来いよな」
そう言って笑うリルムはとても輝いて見え、彼になら町を任せられる、とルビーとノエルは安心したように笑い返した。
ぱかりぱかりと小気味のいい音をさせる馬を操るノエルはお金持ちが主人だったことが関係しているのか、かなり様になっていた。それに対し、アリスとミシェルはかなりの時間を要した。
「これ、どこを掴んだらいいの?」
馬についた器具を不安そうに握りしめるアリスを、同じく不安そうに足を掛ける位置を確認しているミシェルに、ノエルが静かに笑っていた。
はるか上空を漂うルビーは優雅に町を探して飛んだ。
「次はどういうところかしら、海みたいに素晴らしいものがあるところがいいなぁ」
「次は、砂が一面に並ぶ、砂漠、というところらしい」
「砂が沢山⁉」
わくわくとアリスが聞き返すと、ミシェルは苦笑して言う。
「確かにほじるのは楽しいだろうけどな、アリス。でも、ヒールに聞いたこと、忘れてないよな?」
「とっっっっっても熱いのよね? 大丈夫よ! 私たちの先祖は砂漠出身らしいし! 早く行きましょ‼」
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