第7話 新入り
ルビーが連れて行ってくれた所には、沢山の獣人がいた。特に沢山の猫たちは二匹を圧倒した。
「あれ? 新入り?」
そのうちのリーダーらしき猫の獣人が口を開く。
「そうよ。彼女たちはアリスにミシェル。他の町からやってきたらしいわよ」
「他の町から⁉ そりゃ大変だ!」
何が大変なんだ、と身構えた二匹に、そのリーダーは言った。
「ぜひともここの食べ物を食べてもらわないと! ここは魚が沢山獲れる。ほっぺが落ちるようなものが沢山食べられるぞ!」
人の良さそうな顔でそう言ったリーダーは、リルムというらしい。
リルムは本当に美味しいものをたくさん知っていた。パニーノと呼ばれる、サンドイッチみたいなものを食べていると、リルムはその長く白い毛をばさりと震わせ、彼らに言った。
「ここは海水で毛が絡まってしまうから、頻繁に毛繕いした方が良いぞ」
「海、って何?」
アリスが言うと、リルムは驚きをあらわに、手を打った。
「そうか! 海を知らない猫もいるんだな! えっと……」
リルムは考えに考えて色々説明するが、どれもピンと来ないのを見て取り、実際見た方が早い、と言って連れて行ってくれた。
「わああ!」
アリスは案の定だが、ミシェルまでもがその毛を逆立てて、寄せては返す波をじっと眺めていた。
「どうだい?」
リルムが聞くと、二匹はうずうずと目を大きくしてアピールした。
「……行っておいで」
そう言うと同時に二匹は駆けだして、水を追いかけまわした。誤って二匹に水がかかる。
「にゃ!?」
二匹は全く同じリアクションをして、大慌てでリルムの元へと引き換えしてきた。
「べとべとになってしまったわ! 何これ!」
綺麗好きのアリスが叫ぶと、リルムは大笑いして種明かしをした。
「海というのは水に塩が含まれていてね。入ると毛がべたべたになってしまうんだよ」
げらげらと笑うリルムに、二匹は叫ぶ。
「もっと早く言ってよ!」
「でも二人共言っても信じなかっただろ?」
二匹は目を合わせて考える。確かに、こんな大きな水たまりに塩が混ざっている、なんて言われても冗談だと思って突進しただろう。
「そうね」
「そうだな」
そう言い合って、ケラケラと笑った。お互いの姿は、毛が体にくっついているせいで、ひどく虚弱に見えて、なおさらおかしかった。
「アリス! ミシェル! 危ない!」
突然聞こえたリルムの叫び声が、楽しい時間の終わりを告げた。二匹がリルムの視線を咄嗟に折って後ろを見ようとする、が。
「少し遅いな」
何とかガードの体勢をとったアリスに何らかの魔法が炸裂する。
パリン、という音がして、突如現れた男猫の獣人は舌打ちをする。
「ちっ、防御の玉か」
「リリィが守ってくれた……」
アリスが懐に入れておいた玉、それはリリィが念のため、ということで押し付けられた高級品だった。一回だけならどんな魔法も打ち消せる。
「アリス!」
ミシェルの火の魔法が鮮やかに浮かび上がり、色々な位置に舞い散った直後、一度に敵を攻撃する。避け損ねた茶色の毛が焦げる。それを握りしめ、ぽろぽろと焼け焦げた毛を毟り、歪んだ顔で、男猫はアリスたちを睥睨する。
「お前たちだろ? 主人を呼び戻そう、なんてバカみたいなことやってんのは」
「馬鹿とはなによ! 当たり前の事じゃない! あなたも寂しいでしょ!?」
「俺は主人から暴力を受けてきたんだ」
アリスがギッと動きを止める。
「……えっ?」
「だから、俺はこれをやった奴がいるってんなら礼を言いたいくらいだぜ。俺みたいなやつはお前が知らないだけで沢山いるんだ。これを聞いても、前に進むのかよ。この脳無し」
動揺しなかったミシェルが口を開く。
「警察には言ったのか?」
茶猫はイライラと毛を毟り取った。
「言おうとしたに決まってんだろ! それで知ったよ。あいつは警察と通じてたんだ! それに、猫より人間のが優遇されるんだ! どうにも逃げ出せねえんだよ!」
ほぼ悲鳴のように叫んだ彼の目には、薄く涙の膜がはっていた。
「じゃあ、私たちの町に来なさいな!」
「……は?」
茶猫は口をぽかりと開ける。
「リリィは絶対そんな事しないし、そんなことをするあなたの主人が来てもやっつけちゃうわよ!」
強いんだから、と言って胸を張るアリスを止められる者はいなかった。
「ぷっ……あははは!」
厳しい顔をしていた茶猫が大口を開けて笑う。
「そんなの、信じられるわけないだろ」
そう冷たい瞳で言って、彼は叫ぶ。
「まあまずは、本当にそいつが強いのか、それを証明するために、お前の魔法を見せてみろよ!」
予備動作もなしにいきなり茶猫の周りに闇の玉が浮かぶ。それはアリスに一直線に飛んできた。
「にゃ!」
アリスがズボンに入っていた杖を一振りすると、それらが全て全く同じ魔法で打ち消された。闇がぶつかりあい、辺りに白のベールが舞う。
「やるじゃねえか。なら、これはどうだ!」
ひょい、と杖を振るアリス。茶猫とほぼ同じタイミングで振って、全く同じ威力の、同じ魔法を繰り出した。
バーン、と花火のように美しく散る魔法に、茶猫はさすがに焦りを浮かべた。
「ありえねえ。全く同じ魔法だと? 俺は魔法を唱えないで繰り出すことが出来る、天才、と言われた猫だぜ? ありえねえって」
魔法に向けていた視線をアリスに戻す。
「お前の使える魔法属性は何だ?」
アリスは無表情で杖を一振りする。火、水、木、風、光、闇。全ての魔法の種がアリスの周りをクルクル回る。
その種に同調して呪文を唱えることによって形を与えて、繰り出すのが魔法。
使える種はそれぞれの性格や努力によって変わり、生まれつき使えない能力が判明することの方が多い。
特に獣人は人間より発現率が少なく、一つ使えれば大体が魔法使いの使い魔になることができる。
種との同調が無理だ、と判断できる基準は、種が攻撃を仕掛けてくるかどうかだ。
その拒絶を、誰もが一度は経験しているはずのそれを、アリスは経験したことがなかった。
全ての種に、頭の中で呪文を与える。
同調率がかなり高いか、とんでもない集中力が必要な口頭呪文なしのそれを、アリスは簡単に、そして五つ同時にやってみせた。
五つの魔法が茶猫をぎりぎりで避けて、後ろで爆破する。
へなへなと崩れ落ちた茶猫を見て、ミシェルは口の中だけで唱えた。
「ご愁傷様」
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