第6話 水の都
「わあー!」
着いたそこは水の都。
どこに行くでもなくわたわたと、逃げるでもないその町を堪能するアリスに、ミシェルは親が子を見つめるような優しさで包み込んだ。
「ねえミシェル!? あれって何かしら!?」
「あれは水車だな。水の力を借りて電気を作るんだ」
その後も、あれは? これは? とアリスの質問は止まらなかった。
楽しそうに散策していた二匹だが、薄々気づいていた。こんな素晴らしい土地で、人一人ともすれ違わないのはおかしい、と。
アリスとミシェルの声だけが、がらんどうの街に響く。その反射は誰とも混ざることは無く、ただただ帰ってくるのみ。
正直、喋るのすら重厚だった。
「なんで……?」
アリスは堪えきれずに、涙を赤い目に浮かべて、うつむいた。
だが、気丈な彼女は涙を浮かべることはあっても決して落とさない。そこが気に入っているんだよな、と思いながらミシェルはモフッと彼女の頭を撫でた。ゴロゴロと喉から声を響かせて、それでもなお浮かばない顔をしている彼女を、ミシェルは引っ張っていった。
ちょ何!? と驚いて反射的に抵抗しようとして、やめて、大人しく付いてくる彼女に、彼は言った。
「情報を集めに来たんだろ? さあ、歩け歩けー!」
情報は足で集めるもんだ、と言うと、彼女はぐしぐしと毛並みを整えるふりをしつつ、涙を振り払って、彼より前に出る。
「ぐずぐずしてると置いて行っちゃうわよ」
彼はくくくと笑って歩き出した。
「しかし、どこ探しても人っ子一人いないな」
歩き疲れて、というよりは歩くのに飽きて、どこかのカフェの椅子に腰かけた。
ミシェルの黒が闇に溶ける時間帯が近づいてくる。そろそろ寝どこを見つけたい。
うーん、と二匹で呻る。どこへ行っても無人のため、その状態の街で寝床を提供してはもらえない。だが、無断で泊まるのも気が咎める。
「……仕方ない。どこかへ泊らせてもらおう」
狭いところが落ち着く、ということでアパートの一室を貸してもらうことにした。
二匹で疲れた体を癒そうと寝そべると、ぎりぎり触れ合うかどうか、くらいの、恐らく一人暮らし用の部屋。冷蔵庫の中を見ると、酷い匂いが鼻を突いた。
「ギニャ!」
猫の鼻には特に効く匂いである。すごく綺麗に部屋を使っていて、周りを見回すと、溜まっているのはほこりくらいである。恐らくいきなり消えてしまったのだろう。
「食料どうしよう……」
アリスが困った顔で青くなって呟いた。
この部屋の住人は猫を相棒にはしなかったらしく、どこを探してもキャットフードすら出てこない。
「⁉」
いきなりのけぞったミシェルに、アリスは慌てて駆け寄った。
「どうしたの⁉」
彼は顔を隠しながら、白いボックスを指さす。
それを恐る恐る見てみると、中には烏用のご飯、という文字と共に、可愛くデフォルメされた烏がこちらを見ていた。
「こういうのもダメなのね」
からかうより驚きが勝り、アリスはミシェルをそこから遠ざける。
ミシェルはかなり前に野生の烏に主人のくれた頭の飾りを狙われて突かれたことがあり、それ以来烏がトラウマとなっていた。
「ってことは烏がいるってことよね」
「その通りよ」
バサバサと羽の音が小窓から響いた。どうやらこの烏のために作られた窓らしい。
ミシェルはアリスの後ろへ一目散だった。
「何よ、どうしたの。私の美しい姿に惚れてしまったのかしら」
すごい自信満々な烏で良かった、とアリスは一息ついた。
確かに彼女はとても美しく、人間の耳の一から生える翼のような耳と目は紫色をしていて、髪は肩に付く程度で上品な黒髪だった。
羽でできているようなローブのようなものを着ていて、それを広げると烏のように飛べるようだった。目は常に注意深そうに細められており、深い知性を感じられた。
「いえあの……」
そう言われてみると、彼の言動はそう捉えられても仕方ないほど弱弱しい拒絶だった。それはともかく、まずはやるべきことがある。
「ここはあなたの家ですか? 勝手に入って申し訳ありません」
アリスが言うと、ミシェルははっとして慌てて同じ文言を繰り返した。
礼儀は主人にスパルタ指導していただいている。ふーん、と烏の獣人は私たちを見て、いいのよ、と言った。
「ご主人がいないから退屈してたのよ。
今ここの獣人たちは皆ある場所に集まって行動してるの。そこにいないってことは、あなたたち、別の町から来たのかしら?」
アリスとミシェルはその賢い烏に促されるように、今までの出来事を話した。
「なるほどね。残念ながら私たちも主人がどこに行ったか分からないのよ。そして誰一人として見つかっていない。いなくなった日も同じ。でもあなただけは特別ね」
翼でアリスを指した。
「あなたは主人が消える瞬間を見たのね。いい情報をありがとう」
「では、それ以上の情報はないということかしら……」
アリスが言うと、烏は頷く。
落ち込む二匹を慰めるように、烏は二匹を包み込んだ。
「大丈夫よ。私たちが踏ん張っていればきっと、主人は戻ってくるわよ」
どっしりと構えたように見える彼女は少しだけ震えていて、アリスとミシェルはさらに決意を固めた。
「あなたのお名前は?」
ミシェルがアリスの影から出て、持ちうる限り大きい声で言った。
「私の名前はルビー。あなたたちはアリスにミシェルだったわね」
ウインクをして優雅に話す。
「これからよろしくね」
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