第4話 旅の始まり
「よーっし! 頑張って歩くわよー!」
「不安だなあ」
「⁉」
二匹は同時に後ずさった。
後ろを見ると、ヒールが立っていた。
茶色の長毛を靡かせて、少し肥満気味の見た目にあわないアグレッシブな動きをするから、いつも驚かされていた。
「皆で見送りをしようということになってね」
すると、メルが可愛らしい顔を不安で歪ませ、ひげを震わせてグレーの尻尾をブンブンふっていた。
メルは他人を怒らず、自分に対して怒りをぶつけるのだ。
「私も行ければ良かったんだけど……」
肩に手を置いて、精一杯の感謝を言葉に込めた。
「メルはここで主人たちが戻ってこないか見ていてちょうだい。それが、私たちにとってはとても心強いの」
彼らに別れの手を振って、歩いていく。悲しそうに顔を歪めるアリスをミシェルがわしわしと撫でた。
最初に音を上げたのはやはりアリスだった。
「もう、歩けない……」
ほぼ町から出たことのないアリスにとって、旅の距離や時間配分なんてできるはずがなかった。
ぜーはーと荒い息をして座り込んでしまう。
「もう少しで次の町なんだから、頑張って。ここは野生の動物がいる森だし、危ないから」
「そうは言っても……」
アリスが駄々をこねると、仕方なし、とばかりにミシェルが奥の手を出す。
「次の町は、綺麗な川をゴンドラに乗って散策できるのにな……残念だな……」
棒読みではあったが、アリスにガッと手を掴まれた。目は獲物を見つけた時のようにギラギラと輝いている。
「何してるの!? 早く行きましょ!」
先ほどまでと別猫のようにさっさか歩いていくアリスに、ミシェルは笑ってため息をついた。
どんどん歩いて行ってしまうアリスを苦笑いしながら追いかける。すると、どこからか声が聞こえた。
「助けて……」
かなり元気のない声にひかれて、アリス達は顔を見合わせ、声の方へ走り出した。
そこは森の中、彼らが通っている安全な道からかなり外れたところから聞こえていた。
「どこにいるの? 声を出してくれないかしら!」
アリスが叫ぶと、また細い声が聞こえる。そちらへ向かうと、細い猫の獣人が倒れていた。
「助けて……ご主人様……」
その声を聞いた瞬間に、アリス達の覚悟は決まった。
その子の元に駆け足で近寄り、事情を聞く。すると、旅の途中で主人と一緒に黒い獣に襲われていたところ、主人がどこかに行ってしまったのだという。
アリスと同じく、その子は光を見ていた。
「多分黒い獣は悪魔だったのだと思います……」
水と食料を与え、腕の深めの傷に包帯を巻くと、彼は話し始めた。
「悪魔がやった攻撃ならご主人はよけられたはずです。あれは、遠距離からの攻撃でした」
傷つきながらもそこまで解析していたのかと驚いたミシェルがその子の肩を叩いた。
「やるじゃないですか、あなたのお名前、何て言うんですか?」
その猫は答える。
「ミリーと言います」
「私たちはご主人を探す旅の者です。あなたはどこからどうしてここへ?」
「昨日、ご主人と一緒に森の中に生えている薬草を取りにここへ来たのです」
そう言ったミリーは、少し悲しそうな微笑みをアリスたちにみせた。
「私はこの先の森で暮らす者です」
本当にありがとうございました、と言うミリーにアリスが話しかける。
「私たち、近くの町に行く途中なのよ。
こんな状態のあなたを放っておけないわ。一緒に街に行かない?」
それを聞いたミリーは何故かその緑の目を伏せて、青い髪がふぁさりと顔に落ちた。
「……すみません。私はここにいろと主人に命じられているので……この先に家があって、その家には魔除けの魔法が張り巡らせてあるので大丈夫です」
それじゃあ仕方がない、とアリスとミシェルが同意する。
「じゃあ、町に行って様子を見てきた後、君の怪我を見に来るよ」
ミシェルが青い眼を優しく微笑ませながら言うと、ミリーは淡く笑って、家の方へ歩いて行こうとする。
「ちょっと、駄目よ」
ふわりとアリスがミリーを抱え上げる。すごい力にミリーが怯む気配がして、少し後悔したが、それを隠してアリスは言った。
「あなた怪我が治ったわけじゃないんだからあんまり動き回るのは危ないわ。私たちが家まで送っていくわよ」
そう言うと、ミシェルも頷いて同意する。
「でも……」
言い澱むミリーに、アリスは特大の笑みで答える。
「大丈夫よ。それくらいの時間なら私にも残されているはずだから」
本心はリリィが心配で仕方ない、という感じだろうに無理やり笑顔で言うアリスに、ミシェルは、成長したな、と少し笑った。
森の中は、今まで通ってきたものよりやたらと薄暗く、変な気配が闊歩していた。
「……まだ悪魔がいるわね」
そう言ったアリスに、ミシェルとミリーが顔を暗くさせる。
「ついてきて正解だったわね」
笑って言うアリスにミリーは最大限の感謝を込めて礼を言った。
「アリス!」
「大丈夫よ!」
そう言うと、アリスは光で辺りを照らす。浮かび上がった魔力を発散する光の玉を見て悲鳴を上げる悪魔たちの姿がありありと見えた。
ミシェルが止めとして鋭い風を悪魔たちに叩きつける。
「うぎゃあ」
凄まじい悲鳴を一つ吐いて、悪魔は森の奥へと退散していく。それを追おうとした瞬間、凄い数の悪魔の気配を感じた。
「なんて数なの⁉ 二人とも‼ 一旦隠れるわよ!」
アリスは叫ぶと同時に二人に目くらましの魔法をかけ、草むらへと引っ張り込んだ。
「……アリス、今どうなっているんだ?」
「家の周りに悪魔が群がっている状態ね。あの中に入れば大丈夫そうだけど……そこまでどう行こうかしら……」
アリスが珍しく躊躇っているのを見て、ミシェルが心配そうに彼女を覗き込む。
「俺も一緒に考えるから、一人で立ち向かわなくていいんだぞ?」
彼の言葉にアリスの肩の力が少し抜ける。彼女本来の負けん気が覗いてくる。
「私ならあの悪魔たちを家から遠ざけることくらいなら出来ると思うのよ。でも、そうなると次にミリーが外に出る時に悪魔の巣みたいなところに出て行かなくちゃいけなくなるのよね……
できれば悪魔は全員お帰り願いたいんだけど……」
「悪魔ってどうやって表の世界にくるんだ? そしてどうすれば裏の世界に帰る?」
「悪魔は人間が望まない限り表には来られないのよ。その数が問題なのよね。
無差別に来ていい、ということになれば裏と表を繋ぐ穴がその悪魔次第でぽんぽん開けられるようになるの。帰る時は悪魔が弱っている時ね。
格上と喧嘩になったり、魔力が切れた時には裏の世界へ帰って回復するの」
なるほど……と言ってミシェルは考え込む。その時、ミリーが悲鳴をかみ殺した。
「どうした⁉」
ミシェルが小声で言うと、ミリーは家を指さす。そこには家の守りをも食い破って侵入しようとしている悪魔の姿があった。
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