第40話 驚天動地

「なあ、魔法使い」

 ゆらりと立ち上がる。


「俺はここで折れるわけにはいけないんだ。勝負しろ」


「誰と戦えと?」

 圧倒されて動けなくなった魔術師を横目に見ると、少年は動きづらい服を脱ぎ捨てた。


「俺とだよ」

 流石に驚きの表情を浮かべるルーンに、王が肉迫する。あまりにも早い攻撃に、ルーンは咄嗟に光の魔法で目を潰した。王は慣れた動作で目を覆って後ろに飛びずさる。

 一拍呼吸を整え、また構える王に、ルーンは次第に凄惨な笑みを浮かべていった。


「へえ、やるじゃないか」


「あなたも。俺の攻撃スピードについてきたのはあなたが初めてです」

 和やかすぎるほど和やかに会話をすると、一瞬後、火花が散った。王の剣とルーンの作り出した風の剣が交差する。

 力は互角、だがルーンの剣は相手の剣を消耗させる風がなびく剣。どうなるかは両者見えていたものの、最後まで何が起こるのか分からないのが戦い。

 ルーンも王も、舞いを踊るように優美に剣を打ち付け合った。王が上から剣を振り下ろすとルーンは横から剣を叩いて逸らし、同時に剣の突きを繰り出す。

 振り下ろした剣を捨て後ろへ下がり、また前に前進して拳をルーンの剣に打ち付けると、鈍い金属音がした。剣を取りこぼしそうになるルーンはぎりぎり耐え、剣を雑に振り回す。

 間合いの外に振られた剣を油断することなく観察し、無数に編み出された風の刃を躱していった。


「ぐっ」

 一つ二つ食らったのかふらつく王にルーンが近づき、風で拘束する。


「中々やるなぁ」

 ルーンが言うと、王は悔しそうに言う。


「俺の負けです。何でも言ってください」

 ルーンの口元を注視して、恐ろしい言葉が出てこないように祈るような心持でいることを察知し、ルーンは苦く笑う。


「私を何だと思っているんだい」

 それじゃあ言わせてもらうよ、と言って、ルーンは慎重に発言する。


「私の願いは、魔法使い達を開放し、彼女らと農民、魔術師たちで話し合いの場を設けることだ。あくまで対等な立場で話がしたい。出来るだけ多くの人の言葉を聞きたいから、意見を纏めてきてほしい」

 やってくれるか? というルーンに、王は涙目になって言った。


「勿論です」



「それで、魔法の種を集めたのは何故なのですか?」

 そうルーンが聞くが、王はぽかんと口を開ける。


「は……? 魔法の種を集める? あんな危険な物、私たちには必要ありませんよ」

 王がそう言った瞬間、嵐が吹き荒れた。咄嗟に王に近付こうとするルーン達ですら近寄れないほどの風が吹き荒れる中、ある人物の声が響く。


「だめじゃないか、そんな簡単に説得されちゃあ。これはさすがに計算外だ」

 そう言う声に聞き覚えがあった王が、ルーンが、叫ぶ。


「ルイ⁉」


 ああ、と言ってルイが無造作にルーンに向き直る。どうした? とばかりに首を傾げる彼に、彼を信じていたルーンは痛々しい顔つきになった。


「どうして……」


「どうしても何も、俺はただの農民で終わる気はないんだよ。お前の魔法を見たあの時、俺は魅入られたんだ。こんな美しいものがこの世に存在していたんだな、ってな。それで、王を少しばかり誑かせて、今回の事件を作り上げた、ってわけさ」

 あれだけ矛盾だらけの計画を良く信じてくれたもんだ、と言うルイの顔はもはや彼の物じゃないように歪み切っていた。


「ルイ?」

 ルーンが不安を前面に出すと、彼は口を歪める。その瞬間、アリスが瞳孔を開ききって、言い切る。


「あなた、ルイじゃないわね?」

 アリスは全ての種をばらまき、魔力をありったけ込めながら、殺意を向けた。火、水、木、光、闇が辺り一面に輝く。


「姿を現しなさい! この悪魔!」

 全ての魔法を凄まじい反応速度で避け切ったルイを見て、ルーンはさすがに警戒を強める。


「ぎゃはは! やっぱ気付かれちまうか!」

 甲高い声でけらけらと笑うルイには、今までの優しい笑みは消え去っていた。眉、目、口をだらしなく歪ませ、叫ぶ。


「俺は悪魔の一人、人を操る者さ!」

 ルイの口からとんでもない圧を感じながら、皆は体勢を整える。


「あなた、ルイに何をしたの?」

 感情の一切を無くしたようなルーンの声が響く。


「何もしてないさ。ただこいつが俺に力を求めてきたから貸してやって、その代わり俺はこいつの身体を貸してもらってる」

 ウィンウィンだろ? と言って笑う悪魔に、ルーンが火の玉を思い切りぶつける。避けもしないでそれを受けようとしたことを察知し、ルーンは水魔法で自分の魔法を相殺した。


「なにやってんだ? こいつの身体がそんなに大事か? まあ、俺にとってもこの玩具は面白れぇから助かるがな」

 げらげらと高く笑って、悪魔はさらに絶望を叩きつける。


「こいつを殺さないと、俺は殺せないぜ?」

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